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銀時との関係が、近藤にばれた。
「トシ、万事屋と付き合っているというのは本当なのか?」
そう切り出され、土方は足もとが崩れていくような錯覚に陥った。
切り抜ける術はいくらでもあった。
たとえば、一言「違う」といえば、近藤はその言葉を信じただろう。
信じるふりをしてくれただろう。
だが、どうせいつかまた同じように問い詰められるに違いない。
土方はきつく目をつぶり、拳を握り、覚悟を決めて頷いた。
「……あぁ」
と。
「そうか……」
近藤は腕を組んで目を閉じて一つため息をつくと、懐から携帯電話を取り出した。
「……もしもし、新八君か。銀時はいるか? …………なら、今すぐ屯所に来るように伝えてくれ。トシのことで話があるといえば通じるはずだ。……あぁ、今すぐだ」
着信先は万事屋だったのだろう。手みじかに伝えて、本人に代わりもせずに電話は切られてしまう。
「トシ、俺の部屋で話そう」
「……あぁ」
同じ返事を返すのがやっとだった。
ふらつきながら、近藤の後ろについていく。
男同士――――。
しかも、局長自らの手で、真選組局中法度第四十六条に『万事屋憎むべし しかし新八君にだけは優しくすべし 逆らえば切腹』と書き加えられたぐらい、真選組にとっては天敵である相手だ。坂田銀時は攘夷派の連中との繋がりがあるのだから、憎むのは当然だ。
副長である自分が、局中法度に背いてしまった。切腹を言い渡されても文句など言えない。
おまけに男同士だ。
ひまわりみたいに太陽だけを見詰めて生きているような、人としての真っ当な筋道しか知らない近藤には男同士の恋愛など理解できもしないだろう。
日陰の感情とみなし、身近な存在が日陰に落ちようとすれば全力で正そうとするだろう。
近藤から否と言い渡されれば、土方は感情を殺すしかなかった。
近藤とは違う意味で銀時は必要な存在だったけど、近藤に否定されてまで貫き通せる強さは土方にはなかった。
局長室に座る。
近藤は一言も発しなかった。
銀時が駆けつけるまで、たったの二十分しか経っていなかった。
しかし土方には数時間も、数日も待ったぐらい、長く、長く思えた。
「局長」
隊士がふすまの向こうから声をかける。この声は確か一番隊の――。土方の頭に声の主の名前が浮かぶと同時に、隊士が続けた。
「万事屋の旦那がいらっしゃいました。局長に呼ばれたとおっしゃっておりますが……。お通ししてもよろしいのでしょうか?」
「いい。連れて来い」
「はい」
低く答えた隊士の気配が消える。すぐに、ふすまが開かれた。
見慣れた銀髪の男が息せき切らしたままそこに立っていて――――土方が安堵に全身の力を抜く。
だけど、銀時をこうして見られるのも今日が最後なのだろう。瞳はすぐに諦めの色を帯びて伏せられた。
「………………」
銀時は土方に一言も言わないまま、近藤に視線を移した。
後ろ手にふすまを閉めて、ゆっくり室内へ踏み込む。
土方の横に腰を下ろして、両手を畳についた。
そして――――。
「お父上……、息子さんを、僕に、くださーい!!!」
掘削するぐらいの激しさで額を畳に打ち付けた。
驚きのあまり、土方の口からぽろりとタバコが落ちた。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ――――!!」
近藤が足を踏み鳴らして立ちあがった。
「オメーみたいなマダオにトシは渡せません! トシは、握りこぶしを口元に当てて笑うような可愛い娘さんと結婚するんだからね! そしてゆくゆくは一男二女の家庭を築いて、近藤家の長男と土方家の娘を許嫁にするって決めてるんだから! トシの娘は将来俺のこと「お父様v」って呼んでくれるって決まってるんだから!!」
「はぁぁぁ!? 自分の娘がバブルス王女似のゴリラだからって、土方の娘を奪おうったどういう料簡だこのゴリラ! 土方本人も過剰なぐらい忠誠誓ってやってるっつーのに、この上娘まで人身御供に取ろうなんて土方はてめーの奴隷じゃねぇぞ!!」
「な! そんなつもりじゃありません! つかバブルス王女似じゃないからね! お妙さんそっくりの可愛い娘ができるんだからね! 「将来の夢はパパのお嫁さん」って幼稚園の発表会ではにかむ可愛い娘だからね!」
ギリギリギリと頭上でにらみ合う二人に、土方は驚きに目を見開いたままだった。
「こ、近藤さん、そんなこと考えてたのか……」
ようようにそう呟く。
「でも、俺ぁあんたの夢はかなえてやれそうにねぇよ……。たとえこのバカと付き合ってなくても、家庭を作るなんて俺にはとてもできはしねぇ……」
「トシ……」
近藤はあぐらに坐りなおして、眉間を指先で押さえた。
「いや、すまん。俺の夢を押し付けちまったな。でもお前にはそういう家庭が似合うと思うのが本音だ。それに…………………………」
近藤は一拍置いて叫んだ。
「手塩にかけて育ててきた大事な娘を、こんなマダオに渡して堪るかァァァァ――――――!!!」
「むすめ!?」
「誰がマダオですか!? 真選組の動乱の時も助けてやったじゃねーか! てめぇがおいそれと身内に抱き込んだ反逆者に土方殺されそうになったんだからね!? 真選組の大事だっつーのに一人ギャグパート走ってたこの子、銀さんいなかったら死んでたよマジで!」
「満足な収入も無い男をマダオっつってなーにが悪い! 男は家庭を支えてなんぼだ! 従業員の給料も、事務所の家賃もまともに払えないようなグータラ経営者に大切なトシを渡すわけにはいかん!」
「!!」
ぐ、と銀時の動きが停止した。
土方は口を挟めなかった。
銀時が従業員に給料を払えないことがざらにあるのを知っていたし、家賃を滞納しているのも知っていたから。
「………………………………」
もう引き下がるしかないだろう。金ばっかりはどうしようもない。
後は俺が話すから、お前は帰れ――。そう言おうとしたが、拳を震わせていた銀時が自分からふすまを開いた。
「すぐ戻ってくるから待ってろ」
言い残して、走り去って行く。
言葉通り、幾ばくもなく銀時は戻ってきた。
「見ろォォ!」
畳に薄っぺらなメモ用紙を打ちつける。いや、メモではない。通帳だった。
近藤は床に置いたままページを捲った。土方も書かれた数字を目で追う。
どうせ、涼しげな金額しか印刷されていないのだろうと思いつつ捲って行く。その予想は外れでは無かった。
残高は厳寒の風のごとく冷たい。が。
「入金の欄……。これ、桁間違ってねぇか?」
近藤がそう問いかける。
入金がある回数はそう多くはない。二か月に一回か三か月に一回かというところだ。だけど、その金額は、近藤の月数合計よりも多かった。
「間違ってねぇ。うちはエンゲル係数がばっか高ェんだよ。定春は一日ドックフード五袋食うんだ。十キロのドックフードを五袋だぜ? まずこいつが一日七千円消費する。そして神楽は毎日米をタライでかっこみやがる。大体日に十キロってとこだな。こいつでまた六千円消費する。主食だけで一日一万超えんだ。俺ぁ甘味切らしたらマジで死ぬから飯とは別にファミレスとか団子屋行っちまうからここでまた別に金使って……」
新八も育ち盛りだから結構食うし、食事代だけでも月三十万じゃ足りゃしねぇ!
銀時は指折り数えて言い放った。
「んで、家賃が一か月十八万」
「「ええ!?」」
近藤と土方が同時に声を上げた。
「そ、そんなにするのか、あそこ!」
「これだから公務員ってのは世間知らずだっつわれるんだよ! いいか、そりゃババァの家は古いが、ありゃどう見たって安普請じゃねーだろ。ロケット突っ込んでも半壊で済んだ家だぞ。古くても中はしっかりしてるし、歌舞伎町の一等地なんだ。んな場所で事務所付きの住宅っつったらそれなりに値が張るに決まってるだろ! でもまだ安いうちだ。あの辺なら事務所だけでも五十万だのすんだぞ」
そういえば、神楽はいつ見ても酢昆布を咥えている。
嗜好品を毎日与える程度の稼ぎはあるわけだ。
「そりゃ今はぎりぎりで生活してっけど、それも後二三年ってとこだ。神楽が年頃になったら流石の俺も家に置いとくわけにゃいかねぇ……つかマジで海坊主に殺されるだろうしな。本人も宇宙に出て親父を助けるっつってっし、そんときゃ定春も一緒に連れて行く気満々だから」
こほん、と咳払いして、また両手を床についた。
「改めて……。今すぐにとはいいません! 息子さんを僕にくだっさーい!」
「駄目ェェェ!!」
「なんでだよ! いい加減にしろよゴリラ! ほら、あれだ。妙との仲を取り持ってあげちゃうからさァ」
銀時が最強の切り札であるお妙さんカードを切った。
「え!? マジで!?」と近藤は身を乗り出してしまうが……。
すぐに坐りなおして、「それでも駄目だ」と言い放った。
「俺の幸せを優先させてトシの幸せをないがしろにするわけにはいかん」
断言した近藤に、銀時は小さく笑んだ。
意識して拾わなければ見逃してしまう小さな小さな微笑みだったが、それは確かに安堵の笑みだった。
しかし近藤はその些細な表情を近藤は見逃さなかった。唇を引き結んで瞠目した。
「銀時よ、おめぇとトシは男同士だ。生半可な覚悟で一緒になれるもんじゃねぇ。お前の本気を見せてほしい」
銀時は後頭に手をやって、銀色の髪をかき交ぜた。
「本気って言われてもなぁ。どうせ俺が何言っても信じないんだろうが。ぽろーんって出て見せられるもんならとっくに見せてやってんだよ」
「三年だ」
近藤は指を三本立てて言った。
「三年経って二人が心変わりしていなかったら、俺は心から二人を祝福する。仲人でも媒酌人でも喜んで努めさせて貰う。だが、三年の間に、一度でも浮気したり、不誠実な行いをしたら、俺ぁ絶対にお前との関係を認めねぇ。トシと付き合う以上、遊びは許さねぇ」
「遊びなら、わざわざ通帳持ってきて頭下げはしねぇよ」
残金が氷点下並みしか残ってない通帳を懐にしまう。
「三年でいいんだな」
近藤は力強くうなづいた。
「三年後のこの日にもう一回ここに来る。土方は万事屋からの通いにすっから、覚悟しとけよお義父さん!!」
「まだ早い! まだ認めてませんから! まだお父さんとは呼ばせませんからね!」
ほとんど土方に口をさしはさむ暇さえ与えずに二人の話し合いは終わり、銀時は部屋を出て行った。
土方はタバコを取り出して火をつけた。
「結婚式なんか挙げねぇから、仲人も媒酌人も必要ねぇぞ、近藤さん」
「そうかもしれんが、見届ける奴がいてもいいだろ。三年後、この部屋で酒でも飲みながら、な」
「………………そうか」
「あいつはなかなかいい男だな……。トシが選んだのもよく判る。三年経っても二人が心変わりしていないなら……。俺は心からお前達を祝福するぞ。トシ」
「あぁ」
もしお妙との交換条件に近藤が頷いていたら、銀時は有無を言わせずに土方を連れ去っていただろう。
あの時の、安堵の滲んだ笑顔はそう言っていた。
きっと、三年後の今日は、またここで三人で居るのだろう。確かな未来等ありはしないのに、近藤の瞼の裏にはその日の光景が見えていた。
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