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万事屋のチャイムが鳴った。
奇跡的に目を覚ました銀時が枕もとの目覚まし時計を確認した。
深夜二時、だ。
こんな時間に訪ねてくる非常識なバカは誰だと頭に血を上らせる。が、唯一こんな時間に訪ねて来られても許せる人間を一人思い描き、いやいやないから。ぬか喜びで悲しくなるのが落ちだから。と希望を打ち消し布団に戻ろうとして、「いや、でも、万が一!」と布団をけっ飛ばして立ち上がる。
寝起きでふらつきながらも玄関に駆けつけて、引き戸を開き――――。
予想がぬか喜びじゃなかった! と目を覚ました幸運に感謝した。
玄関に立っていたのは土方だった。
しかし、全身泥や砂に汚れて、防刀、防弾の機能も備えている隊服が至る所ボロっとなってしまっている。
いかにも死線をくぐってきました――といった風体だ。
真選組としての戦いの後、土方は銀時を訪れたりはしない。副長である彼には、戦って勝てばそれで勝利、という単純な構図は成り立たない。
戦いに弱った部下への激励、叱咤、場合によってはケア、それだけではなく、損害状況や逮捕者の書類もまとめなければならないし、場合によっては捕虜への拷問も行う。
すべてを終わらせ、私服に着替えてから万事屋に来る。
こんな、泥や汚れを纏ったまま現れるはずはなかった。
「土方……、おい、どうした? なにがあった?」
銀時は頬に手を添えて、顔を覗き込むようにして問いかける。
「………………」
珍しくも煙草すらくわえてなかった土方。その目に、みるみるうちに涙が溢れて――――。
ぱたぱた、と零れ落ちた。
「ひ、ひじかた!?」
声も無く涙を零す様子に驚いて、とにかく抱きしめて背中を擦ってやる。
土方の腕が銀時の背中に回って、きつく抱きついてくる。そんな仕草にほっと息をついて、抱きしめる腕に更に力を込めた。
「そ、総悟が、総悟、と、」
絞り出すような声でそれだけを繰り返す。
まーたあのサド王子かよ。
銀時のこめかみにマスクメロン張りの血管が浮いた。
翌朝。
「土方のヤローはどうしたんでィ? 休暇は昨日までだってのに欠勤たぁ、仕事を何だと思ってんだ」
総悟は舌打ちして横に並んで歌舞伎町のパトロールをしている山崎に問いかけた。
パトロール、とは名ばかりで、二人して団子屋の長椅子に座って、みたらしと餡かけの団子を楽しんでいたのだが。
「午後から出勤するって局長に連絡があったそうですよ」
山崎は触らぬ神にたたりなしとでもいいたげに、尻で後ずさりしつつ答える。
「ち。三日も休みを取った癖、さらに重役出勤だなんて、副長様はやりたい放題で困りまさァ」
不機嫌になっていく総悟に、話題を変えなければ俺の身がヤバイ。と山崎は本能的に嗅ぎ取って頭を巡らせた。
ここは歌舞伎町。歌舞伎町繋がりで銀髪テンパを思い出して人差し指を立てた。
「そういえば、最近万事屋の旦那を見ませんねぇ。元気にしてるんでしょうか、あの人」
「あぁ、旦那なら、俺の後ろにいらぁ」
「へ?」
町並みを見ていた山崎の視線が総悟を向く。
額に血管を浮かばせて目元を暗くした銀時が、総悟の首もとに木刀を回していた。
物凄い怒りのオーラがほとばしっているのに、木刀を回されるまで総悟でさえ気がつかなかった。
「さすが旦那でさぁ。こんな簡単に俺の後ろを取るたぁ、全く恐ろしいお人で」
「沖田君さぁ、いい加減、土方イジメんのやめてくんない? あいつ苛めていいのは俺だけだし。大体あの子、ただでさえストレス社会で潰れそうになってんのに、私生活でも追い詰めてどうすんの」
「屯所にも戻ってないから山ン中でのたれ死んだかと思いやしたが、旦那の所に逃げ込んでたんですかィ。とんだ甘ったれですねェ。でも、ま、旦那もおいしい思いできたでしょ。弱ったあいつを食いたい放題」
「できるかァァァ!! 脱水症状と栄養失調起してっし全身怪我だらけの上過労状態で真夜中に医者呼びつけたわ!! 一日休めっつったのに午後から出るって聞かないあいつとどんだけ言い合いしたと思ってんだ!」
「いだだだ、苦しい苦しい。旦那、離してくだせぇ。これ以上やられたら、風呂場で隠し撮りした土方さんの全裸写真、街中にばらまきますぜ」
「テメッ! その写真をデータごと渡すなら離してあげます!」
「チッ。旦那は抜け目なくて困りまさァ。後からお届けいたしやす」
銀時は総悟から木刀を離すと、二人の向かいの席に腰掛けた。山と積まれていた団子を横取りして二つまとめて口に入れる。
「あーあ。せっかく、次の獲物は旦那にしようって思ってたのに、計画台無しにしやがって土方のヤロー」
組んだ足に肘をついて総悟がぼやいた。
「んなテメェの魂胆なんか見抜かれてんだよ」
土方が銀時の元を訪れたのは、それを知らせるためだった。
地愚蔵の仕掛けはそこそこに手間がかかっていた。総悟の性格上、自分一人だけで済ませるはずがないと土方は思った。
次の相手となる人間は誰か――予想するのは簡単だ。総悟を傷つけるはずもない近藤ははなからありえない。
真選組の隊士達では面白い展開はまず望めないからないだろう。隊士であれば、総悟の為に自ら死ぬか、死ぬ事も出来ず時間をロスするかの二択しかない。
真選組以外の、総悟の友人たちに試すのなら、土方は口出ししようもなかった。そもそも総悟の友人を知らなかった。総悟の交友関係は海のようにだだっ広いのだ。子どもから老人まで幅広過ぎて手の打ちようもない。
消去法で残るのは銀髪テンパの侍だけだった。
なんだかんだ騒ぎつつも、総悟を助け、自分も生き残れる実力を持った人間は銀時だけだった。
土方は真選組から三日も引き離されてしまった。
屯所に戻って、堪っているだろう書類を片付けなければならない。
銀時に一言注意だけして、屯所に戻って書類に目を通して――――そう考えていたのだけど、銀時の姿を見た途端に気が緩んで、全身から力が抜けて涙がこぼれていた。涙と同時に、あらゆる疲労が襲ってきて、銀時の腕の中で気を失ってしまった。
山と盛られた団子を食いつくしてから銀時は立ち上がった。
「そーそー、伝えたいことがあるなら、ちゃんと向き合って伝えないと意味無いぜ沖田ク―ン。
『どれだけ総悟に嫌われてるんだろう』って、べそべそ泣きながら呟いてたぞ。「ミツバが死んだ今となってはもう好かれることはない」って言っといたから。土方君、泣いてる時から半分以上無意識だったから、深層意識に刷り込まれちゃったかもね」
んじゃ、ごっそさーん。写真は絶対届けろよなぁ。
そう手を振って銀時は団子屋を後にする。
声がよく通るよう頬の横に掌を添えて、総悟は銀時の後姿に言った。
「だんなー、オッサンの手練手管でこませんのもあと五年程度ですぜー。五年後、あんたは○○歳、でも俺はぴっちぴちの23歳ですぜー」
びきびき、と銀時の額に血管が浮くのが後姿からでも判った。
「オッサンはオッサンになればなるほど手管が上がるっつーの。若いだけで覆せると思ったら大間違いなんだよ!!」
びし、と指先を突き付け、踵を返して足音荒く銀時は去って行った。
大人げない言い合いに、山崎がこっそりと苦笑した。
何があったのか、断片的な二人の会話からでは正確な状況は把握できないけど、また総悟の度を越した悪戯で土方が参っているのだというのは判った。
総悟のいらついている理由も予想が付く。
おそらく、彼は土方を傷つけっぱなしで放置するつもりは無かったのだろう。最終的には土方にフォローをいれるつもりだったのだろう。しかし、その一歩手前でとんび――銀時に油揚げをさらわれてしまったに違いない。ドSな総悟はいつもさじ加減を間違う。いつもやり過ぎてしまう。
土方は銀時を恋人として愛しているのだろうが、総悟は家族として土方に愛されている。
今後を考えれば、年齢戦ならどうあがこうと総悟が有利だが、人としての器量、度量なら銀時がずっと上だ。総悟が成長する分、銀時の人格も成長していく。きっと追いつけない。
二人はそれぞれ、一長一短だ。
(今後、どうなるか……。まぁ、楽しみに見させて貰いますよ)
山崎が心の中で呟いて渋茶で喉を潤した。
「山崎ィ」
殺気の籠った総悟の声に、山崎が思わず姿勢を正す。
「な、なんですか!?」
「甘いモンばっか食ってたら辛いモンも食いたくなったぜィ。今すぐわさび漬け買ってこい」
「えええ?」
「俺の部屋に持ってこい。ここの会計も頼むぜ」
「ち、ちょっとォォ、そりゃ無いですよ隊長!」
総悟は両足を振って立ち上がるとさっさと行ってしまった。今日一日サボりを決め込むのだろう。
やっぱり山崎はやつ当たりの犠牲になってしまったが、団子とわさび漬けで済むなら安いものだ。
わさび漬けを買った後、万事屋に副長を迎えに行ってこよう。そう思いつつ、山崎もまた立ち上がった。
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