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「だぁー、もう、てめーとこれ以上呑んでられっか! これでしめぇだ!」
「そりゃあこっちのセリフだ! つか塩焼き鳥に砂糖散らすな! 何のために塩かかってっと思ってんだ馬鹿か!」
「マヨ掛けてすべてを台無しにする奴に言われたかぁねぇ! 少量の砂糖は塩の辛さを引き立てる――」
「焼きとり砂糖で埋まっちまってるじゃねーか何が少量だァァ! 糖尿の癖に砂糖使うな! ちったぁ食生活見直せ! ガキがいるんだから自己管理ぐらいきちっとしやがれ!」
「ちょ! 俺に子どもがいるみたいにいわないでくれない!? あいつら勝手にいついてるだけだっつってるだろ! 別に雇った覚えもねーし、引き取った覚えもねーってのォ!」
飲み屋のカウンター席に椅子を並べて座る二人はずっとこんな調子で喧嘩のしっぱなしだった。
「旦那方、相変わらずですねぇ。顔を合わせるたんびに怒鳴りっぱなしで、そろそろ疲れませんか?」
初老にさしかかった店主が苦笑して、チーズ揚げを二人の間に置いた。これはどちらが注文したのだったか。
土方はマヨを、銀時は砂糖を振りかけようとして、ガチ、とお互いホールドし合う。
「はい、新しい取り皿どうぞ」
気を利かせた店主が二人にそれぞれ取り皿を渡す。
ついでに、チーズ揚げをパセリまで綺麗に分けて二人の皿に盛りつけた。
「わりいなぁオヤジ。こいつ、まーじガキっぽいから銀さんも扱いに困ってんだよ」
「ガキっぽいのはテメェの味覚だろうが! 中年男が甘党だなんて恥ずかしいと思わねぇのかよ」
「銀さん中年じゃないっつーの! まだギリギリ若者の範疇だから! 中年はお前んとこの大将だろ!」
「なんだとォォ!!?」
お互いいきり立って、ゴッ! と額をぶつけてギリギリ睨みつける。
「喧嘩なら外でやってくださいねぇ」
店主のその声に二人は黙って椅子に坐りなおす。
ここの料理は美味い。見境なく暴れて出入り禁止にされるのはさすがに避けたかった。
チーズ揚げをかみ砕く。
文句なしに美味かった。ぱりっとした感触と柔らかいチーズの濃厚な味を楽しむ。
「これでしめぇって、どういう意味だ」
土方は口直しのパセリを租借して、銀時を睨みつけた。
「………………」
銀時は口にくわえたチーズ揚げをそのままに土方を見ていたが――、もそもそ食べつくしてから言った。
「だーから、テメェと呑むのは今日で終いってこと。ったく、銀さん気分よく呑んでるっつーのに、テメェが入ってきたらすべて台無しなんだよ。顔を合わせた途端喧嘩吹っ掛けてきやがって。次からはこの店に来てもお互い無視な、無視」
「テメェが吹っ掛けてくっから喧嘩になるんだろうが! 俺ゃはなから無視してぇんだよ!!」
「だーから、今日でしめぇにしようっつってんだろ! お互い次からは何が起こっても無視すんだよ! 絶対声かけんじゃねーぞ」
「望む所だ! 二度と話しかけねぇ視界にもいれねぇ! 約束守れよテメェ!!」
言い合いしつついつの間にか腰を浮かしていた二人がそっぽ向きながらもまた椅子に沈む。
銀時はそっぽむいたまま、「あ、そうそう」と掌を叩くと懐からわら半紙の袋を取り出した。駄菓子屋で多用される薄っぺらな袋だ。
「ん」
銀時にその袋を押し付けられ、横目で見ていた土方は訳も分からないまま受け取った。
「なんだこりゃ」
「たんじょーびぷれぜんと。ありがたく受け取れやチンピラ警官」
「…………お前、何で知ってんだよ」
今日は五月五日。土方の誕生日だ。
土方は驚きに目を丸く見開いたが、すぐにいつもの調子を取り戻して唇を歪めた。
「お宅の観察クンに聞いた。ジミー君つったっけ?」
「あぁ山崎か……。あいつ、つまんねぇこと教えやがって……」
「いらねぇなら返せ。ほら、すぐ返せ今返せ」
ぴらぴら、と掌を上下させる。
土方はぎろりと銀時を睨みつけた。
「中身はどーせ甘味だろ。突っ返されること前提で用意したって魂胆が見え見えなんだよ。誰が返すかよ」
土方は懐に袋をしまい込んだ。
「受け取ったからには大事にしろよ」
「…………あぁ」
思いがけない素直な返事に、今度は銀時が驚く番だった。
「旦那方、そろそろ終いですが、よろしいでしょうか?」
店主に言われ、二人同時に時計を確認する。
「もうこんな時間か……。長居しちまってわりィな、大将」
「いえいえ、またどうぞ」
会計を済ませて店を出る。
初夏の風が酔って火照った頬に気持ち良かった。
「いい風が吹いてんなぁ。こんな日ぐらい歩いて帰っちゃどうなんだァ、土方君」
銀時は酔いを覚ましがてらに徒歩で帰るが、土方はいつもタクシーを捕まえていた。
丁度タクシーが通りかかる。銀時の言葉をまるで無視して土方は車を止めた。銀時は苦笑してため息をつく。
ドアを開けた車の横に土方は立ち止まる。
意を決したように顔を上げた。
「これが最後、だったよな」
「そうですよ〜。んだぁ? 寂しいのか? んん?」
「寂しくねぇ、アホか」
唇を歪ませ反論し、視線を銀時から逸らす。そして、顔を合わせないまま吐き捨てた。
「す、好きだ、万事屋」
それだけ言うと、タクシーに乗り込んだ。
「真選組の屯所へ頼む」
車はすぐに走り出した。
生まれて初めての告白と、その相手を思い出して、土方は満足に少しだけ微笑んだ。
自分一人の胸の中で消えていくと覚悟して育てていた恋心だった。
相手は同じ男だし、モテないモテないと嘆きながらもいつも女の影に覆われていたから、口に出すつもりなんてなかった。出す時が終わりの日だと終止符を用意していた。
今日が最後だというなら、いっそのこと。そう思った。これっきりなのだから、良く回る口が吐き出す罵倒を聞かずに済むし、酔った勢いもあった。
タバコを吸おうと懐に手を入れて、指先に触れた袋の感触に、銀時からプレゼントを貰ったのだったと思い出す。
わら半紙の袋を取り出して、両手の上に乗せた。
意外にもしっかりした箱の感触が紙越しに感じられる。
銀時はいい加減に見えても面倒見も付き合いもいい男だから、仲が悪い土方にも誕生日プレゼントを用意してくれたのだろう。
でも、突っ返された時を考えて、中身は銀時の好物でもある甘味に違いない。土方は確信を持っていた。
中身は何だろう。
チョコレート、飴、クッキー、団子。銀時の好物をいくつも浮かべる。
(最初で最後のプレゼント、か)
銀時と土方は傍目に仲が悪いと思われている。土方は銀時が好きだったから喧嘩もコミュニケーションの一つとして楽しんでいたが、銀時にとっての自分は、良くても「厄介な奴」止まりだろう。
好きだという気持ちを知られるのが怖くて、ついつい近藤や総悟には「甘いものなんか大嫌いだ」とか言ってしまった。銀時が好きな物は片っ端から否定して行かないと想いがばれてしまいそうで怖かった。
そんな理由で「嫌い」と言ってしまっていただけだ。甘い物だってそこまで嫌いではない。普通に食べられる。甘かろうが辛かろうが万人にとって美味い物は土方にとっても美味い。
この中身が何だかわからないけど、何が入っていようと、それが自分の好物になってしまいそうで怖かった。
甘い物をこのんで食べるようになってしまったら、きっと総悟に問い詰められる。きっと邪推してくる。
いっそのこと、袋のまま机の奥に入れてしまおうかとも考えたが、奥にしまったまま我慢できるはずもない。いつか絶対に開いてしまうだろう。
銀時と会えなくなった後に甘味が好物になればもはや言い逃れができない。やはり開くなら今だ。そう思って袋から箱を取り出した。
袋からは、見覚えのある、しかし自分には一生縁がないはずの小箱が出てきた。
なんでこんなもんが。
いや、違う、菓子だ。菓子に違いない。この箱は銀時の嫌がらせに違いない。自分に言い聞かせる。
「箱」とはリングケースだった。
菓子に違いない。そう念じつつ開いたその予想は外れた。
ベルベットのケースの中には、柔らかなクッションに埋め込まれた指輪と、小さな紙片が入っていた。
そっけない紙に書かれていたのは、やはりそっけない単語。土方が銀時に向けた言葉より、一ランク上の愛の言葉。
「へ?」
土方の思考が今度こそ完全に停止した。
土方は屯所前に立ち尽くしていた。
いつタクシーを降りたのか、ちゃんと清算をしたのかどうかさえ覚えてない。
ただ茫然と、わら半紙の袋を片手に、紙片を見詰めて硬直していた。
無防備な体を引っ張られて後ろに倒れる。
体勢を整えようと、踏み出した足が地面に降りる前に抱きしめられた。
銀時だった。
居酒屋からここまで走って追いかけてきたのだろう。ぜぇぜぇと息を切らしながら、だけど腕だけは何が起こっても逃がすものかと言わんばかりの強さで土方を捕らえていた。
銀時は「これで終いだ」と宣言しないと渡せなかった。土方は「これで終いだな?」と確認しなければ言えなかった。
彼のいったように、確かに今日で二人の関係は終わった。
明日からは、今までと同じようでいて全く違う関係が始まる。
この、五月五日を境目として。
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