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「ただいま」
古びて軋むドアを開いた途端。
「こォのォォォ、バカッタレが――――!!!」
銀に凄い声量で怒鳴られて、土方が風圧に押されたようによろけた。
「うっせぇぞ銀! 無駄吠えすんなクソ犬!」
「犬はてめぇだろうが! 熱も下がってないだろうにのこのこ出ていきやがって! そんなにお外に行きたいんですか、庭駆け回りたい年頃なのかよこの駄犬!!」
銀の掌が土方の額に添えられる。
「ほら、やっぱ熱あがってっし。もうマジ勘弁してくれよ。心配で銀さんが先に倒れちまいそう」
額を触る銀の胸に、土方が凭れかかってくる。カバンが玄関のたたきに落ちた。
「おい、」
「よろけたわけじゃねー。お前外人なんだろ? 抱きつくぐらい普通だろ」
銀の腕が土方の背中に回る。土方の腕も銀の背中に回った。
銀の片手が土方の頬に添えられて、熱の籠る額を、頬を、そして唇を唇でなぞる。
「いいこと教えてやろうか」
耳に声を注ぐように囁く。くすぐったかったのだろう、土方が首を竦めた。
「俺、生まれはしらねーけど、育ちは生粋の日本人です」
「そうなのか」
腕から逃れようともがきだす。
「何で今さら嫌がるんだよ」
「日本人なら男に抱きつかれたら鬱陶しいだろ」
「…………………………」
銀が大きくため息をついた。
「お前さ、ずれてるって言われねぇ?」
「あぁ? 誰がずれてるだと? 俺は――」
「だーもう、喧嘩腰になんなよ! 日本人ならなんでキスしたんだって思わねぇのかよ!」
「あぁ、確かにそうだな。なんでしたんだ」
沈黙。
銀がわたわたと両手を動かした。
「あれ、ちょっと待って、これかなりの試練じゃね? 俺何言ってんの、何言おうとしてんの。ちょ、勘弁してよこの歳で。かなり恥ずかしくなってきた」
「……………………」
「……………………」
再び沈黙。
また土方が腕の中でもがいて離れようとし始めた。
「銀、意味がわかんねぇ。いいからもう離せ」
「だぁっーってろ! 言うから、ちゃんと言うから! ……その、お前が、好きだからに決まってんだろ。わかれよそんぐらい!!」
「好き……?」
「そう」
「何いってんだ。俺は男だ」
「そこに触れんな。俺もびっくりしてんだよ。まさか俺が男に惚れる日がくるなんてまさしく怒髪天を衝く勢い」
「慣用句の使い方間違えてんぞ。男ってだけじゃなくて、会ってからまだ三日目なんだけど」
「そこにも触れんな。愛に時間はいらないとか言わせたいのか。うわ、鳥肌たった」
く、と土方が笑った。
「お前、白髪大仏だけど料理は美味いし、家事はちゃんとこなすし猫の世話もちゃんとしてるし、病人の看病までこなすじゃねーか。俺みたいな野郎選ばなくったって、いくらでも女より取り見取りだろ。俺を選ぶ意味がわかんねぇよ」
「白髪大仏言うな! 俺もなんでかわかんねぇけど、お前の眼付き悪い所とか瞳孔開いてる所とか横柄な態度とか顔に似合わず口が悪い所とか柄の悪いところとか手の早いとことか、何でか気に入っちまったんだからしょうがねぇだろ」
土方が笑いに両肩を震わせている。
「俺が……人に嫌われるとこばっかじゃねーか」
ぐ、と土方の声が濁った。途端に全身が震えだす。
両腕が銀時の背中に回ってきつくきつく抱きついてきた。しがみつくみたいに。
土方の涙が服に染みて銀の肩を冷たく濡らす。
嗚咽を堪えようと喉の奥で噛み殺す声が時折ひゅ、と漏れてくる。そんな土方を抱きしめ、頭を何度も撫でながら、肩を濡らしていく水が土方の中の氷が解けた水だったらいいな。なんて思った。
抱きついて泣いてしまったことがよっぽど恥ずかしかったのか、土方は息を整えた途端、部屋に走り込んで鍵を掛けてしまった。
「おいおいおいおい、お前、熱あるって判ってる!? 看病してやろうって奴閉め出すってどういうこと!?」
「うっせ! いいって言うまで入ってくんな」
「わーったよ。ミルクリゾットとお粥、どっちがいい?」
「……お粥」
「着替えたらちゃんと横になっとけよ」
銀は昨日と同じように薬とお粥と水とたまご酒を用意してくれた。
「会社を辞めることにした」
お粥を一口食べて、土方はそう切り出した。
「それがいい。お前が駄目になっちまう前に決断してくれてよかった」
大きな掌に撫でられて「子ども扱いするな」という感情と甘えさせてくれる掌が嬉しいような感情がないまぜになってしまう。
照れかくしのように土方は続けた。
「辞めるっつっても生活の心配はすんな。退職金も出るし、すぐ就活始めるから。給料は安くなるだろうけど、バイトでもかけもちして……。ミィとお前が不自由しない程度には稼いでやる」
まくしたてると聊か乱暴にレンゲに齧りつく。
「お前さ、なんでそうなんでも一人で抱え込もうとすんだよ。俺だって働けるんだぜ? ちっと甘えて来い」
「……? お前働けるのか? 嫌なことあったから逃げて来たんだろ? 仕事が出来るような精神状態なのか? お前こそ無理してんじゃねーよ居候のくせ」
「…………働ける。何でもできるよ銀さんは」
「家事手伝いとか? そんなら家でやればいい。安月給になるけど給料も出してやる」
「居候から離れてくんない!? お前はどこまで俺を甘やかそうとするのかねー」
「甘やかしてんのはてめーだろ」土方の言葉は口から出てはいかなかった。
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