「――ってな訳でして。五日ばかり土方さんを預かって欲しいんでさァ。ほら、頭を床に擦りつけろィ」
 総悟の掌が土方の頭に乗って、無理やり低く抑えつけられた。いくら総悟が真選組一の使い手だからといって、普段の土方なら無様に抑えつけられはしないが、子供化した体では抵抗なんて出来はしない。
「テッメェ……!!」

 土方が座っていたのは万事屋の事務所のソファ。床は遠く土下座させられることはなかったものの、テーブルに額をぐりぐりと押しつけられた。艶めいた黒の髪の毛がぱさりとテーブルに広がる。

 ソファの背もたれに腕を回し、とても接客態度とは思えない銀時が感心したような声を上げる。
「へー。それ、マジで土方君なの? 随分可愛くなっちゃってェ。あれ? この場合、随分可哀そうな育ち方しちゃってぇ。って言った方がいいのかな? 今のこいつ完全にチンピラだもんなぁ。あいつがガキの頃こーんな女の子みたいな顔してたなんて」
 と、言ってはいるが間違えなく面影が残っていた。今の土方だって、顔を上げ下目に睨みつけるガラの悪い真似さえしなければ随分綺麗な顔立ちをしているのだから。

 子供土方がうんざりと口を開く。
「だから、何度もそう説明してるだろうが。右から左に流しやがってお前の耳はトンネルかァ? こっちゃ真面目に依頼してやってんだ。金も十分に払う。伊達や酔狂でテメェに出す金なんかありゃしないんだよ。間違えなく俺は土方十四郎だ」
「その可愛くない喧嘩腰の態度。たしかに土方君みたいだねぇ……」

「とにかく、だ、銀時」
 近藤が腕を組んで重たく言う。
「今のトシは剣を振ることさえ難しい子どもになっちまってるんだ。真選組の屯所ではいつ襲撃があるかわからんからな。そんな危険な場所においとくわけにもいかんだろ。だからお前に護衛を兼ねてトシの面倒を見てやってほしいんだ。よろしく頼むぞ」
「近藤さん、俺はこんな奴に面倒見てもらう必要はねぇ。ただ襲われた時の護衛と、宿だけ貸してもらえりゃそれでいいんだ」
 土方の小さな掌が銀時に小切手を差し出した。

 そこに書かれた金額を見て、銀時の死んだ魚の目が輝く。
 たまりにたまった家賃を完済した挙句、二か月は遊んで暮らせる金額だった。
「け、少々物足りねぇなぁ。必要経費が発生すりゃ、請求書を回させてもらうぜゴリラ」
 喜ぶ自分を抑え、あわよくば上乗せできるよう予防線を張っておく。
「あぁ。足りない分があればいつでも言ってくれ。そして俺ゴリラじゃないからね。お妙さんの旦那って呼んでくんない」
「んな呼び方したら俺が妙に瞬殺されらぁ。」
 銀時は時計に目を移す。そろそろ、別件の仕事に出ていた神楽と新八が返ってくる。
 彼女と総悟が暴れれば事務所が半壊するだろう。そうなったらお登勢にどんな目にあわされるかわからない。受け取る物だけ受け取って、銀時は近藤と総悟をさっさと追い払った。
 玄関まで二人して見送る。
 玄関が閉まってから、銀時が土方に言った。
「あれから一日と経ってないっつーのに、難儀なウイルスにかかりやがって……。んで、副長さんは俺にいうことはねぇのか?」
 土方はオウム返しに「言うこと?」と問い返した。

「……………………」
 銀時がやや驚いた様子で見下ろしてくる。
 つい昨日までは同じ目線だったはずなのに、頭三つは高い位置から見下ろされて土方は戸惑ってしまう。
「お前、ひょっとして、酔っ払った後の事、覚えてねぇのか?」
「あぁ。覚えてねぇ。覚えてんのはてめぇが横着してこの家に俺を連れ込んだってぐらいか」
 土方の憎まれ口は尻つぼみになった。前後不覚になったのは自分の失態だ。
 面倒を見た礼を言えと催促されているのかと思い、つい喧嘩腰になってしまったが、銀時に当たるのは間違いだろう。

 銀時は顔をあげて頭をがり、と掻き毟った。
 身長差のせいで表情は見えない。ただ、そうか、ならいい。と呟きが帰った。


「万事屋、テーブル借りんぞ」
 部屋に戻ると、土方は請求書、納品書、申請書、――さまざまな書類を長テーブル一杯に広げた。
「おいおい、んな体になっちまってんのに仕事するつもりかよ副長さんは」
「中身は変わってないからな。おめぇと違って五日も休めるほどウチは暇じゃねーんだよ」
「へーへー、そりゃ失礼しましたっと。土方君、嫌いなものはねぇよな?」
 何を聞かれたのかわからずに、土方がきょとんとした眼を銀時に向けた。
「食いものだよ。食えない野菜とかねぇかって聞いてんだ」
「ねぇけど……、てめぇが作るのか?」
「たりめぇだろォ。俺の飯を食って驚くなよー。マジでプロ級ですから」
 へぇ、と土方は口の中で言葉を飲み込んだ。まさかこの男が料理をするなんて。

 自分と近藤を打ち負かした男だ。いや、近藤に対しては汚い手を使い勝ったに違いないが、土方は全力で銀時と対峙した。なのに勝てなかった。
 それだけの力がある男が、台所に立つなんて不思議に思う。

 台所からコトコトぐつぐつと作業する音が聞こえる中、玄関から元気な声が響いてきた。
「ただいまーアルよ」
「ただいま帰りましたー」
 新八と神楽だ。
「おー、おっかえりー」
 銀時が台所から答える。家族みてぇだな。挨拶を返しもせずに書類に筆を走らせながら、土方の頭の片隅にそんな言葉が浮かぶ。

 新八が事務所兼ロビーに入ってきて、土方を見て立ち止まった。
 ソファに座って書き物をしている女の子――――。
 慌てて事務所内を見回すが、この子の保護者は誰もいない。
 新八は土方を指さして叫んだ。

「――――ちょ――ッ、銀さんンン、この子どこからさらってきたんですか!? 連れ込んだんですか!? 誘拐ですか!? 拉致って奴ですか!? 雇い主がロリコンだったなんて最低だァァァ!! 神楽ちゃん、ここから逃げないと君も危ない!」
 新八は土方の腕と神楽の腕を掴んで走り出そうとした。
「お、おい! 落ちつけメガネ! 俺だ!」

「俺……?」
 少女に似つかわしくない言葉づかいをされて、新八が足を止める。
「わけあって子どもに戻っちまったが、真選組の土方だ」
「ひ、土方さんンンンンンンン!!??」
 びっくり仰天して新八が土方から手を離した。
 神楽が身を乗り出す。
「土方ってマヨのニコチンコ野郎か!? お前、子供のころ女だったあるか!? いつからチンコ生えたネ!?」
「元から生えてらァァ! 女じゃねぇよいい加減にしろどいつもこいつも!」
 新八も神楽も目の前の子どもが土方とは信じられなかったが、事情を聴いて納得した。
 天人はかつての江戸の人間達が想像さえできない様々な品を地球に持ち込んだ。
 子供化する薬があっても不思議ではない。
「す、すいません……。髪が長かったから、つい女の子と間違えちゃって……」
 後頭に手をやりながら新八が頭を下げる。
「昔は曲げを結わなきゃならなかったから、男も髪を伸ばすのが当たり前だったんだ。確かに今となっちゃ、見ない風習だもんなァ」

 台所から流れてくる匂いがおかずを連想させる香ばしさをともない出す。
 ハンバークと味噌汁だ。

 子供も帰ってきたし、そろそろ潮時だろうと土方は書類を纏めた。





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