「屯所に残った全隊士、大至急休憩室に集合!」

 中庭でがんがんと木を打ち鳴らす雑夫の合図に、今日休暇中だった隊士も私服のままで駆け付けた。
 休憩室にはあっという間に隊士がひしめき合い、テレビの真ん前に胡坐をかく局長――近藤に質問が集中した。
「何ごとですか、局長!」
「事件ですか?」
 真選組は交通整理からテロリストの逮捕まで幅広い事件を取り扱う。
 こうやって一同を集めるからには、よほどの大事件が起こってしまったに違いない。にしては、集まった場所が休憩室というのに違和感があったが。

「俺にもわからん。松平のとっつぁんから今から江戸中に放送をすると連絡があったんだ。テレビだけじゃない。ラジオもネットも一斉にな。何か途方もない事件でも起こったにちげぇねぇ。とにかく座ってろ」
 たしなめられ、血気ばやい大使達も大人しく腰を落とそうとするが、続いて入ってきた副長を見て一斉にいきり立った。
 局長近藤は真選組のトップだが、副長土方はこの隊を動かす本当の意味での「頭」だ。彼ならば何か知っているのではないかとまた口々に質問をぶつけだす。
 土方は灰皿にタバコを押しつけて、「知らねェよ」と質問を遮った。
「局長が聞かされてねぇんだ。俺が知るはずもねぇだろ。だが、江戸中に放送するからには、でけぇ事件が起こったに違ぇねぇ……。人から人に感染しちまう細菌兵器か、ウイルスか……って所だろうな」

 近藤のすぐ横に腰を下ろす。
「トシ」
「ん」
 視線を合わせた二人がそれだけの言葉を交わし合う。
 後に座る隊士達には判りもしないが、二人にはそれだけの応酬で通じた。「とっつぁんの言う事件へ対処する作戦を大至急に立ててくれ」「判っている」と。

 近藤がテレビのスイッチを入れる。
 いくつかのCMが流れた後、画面が乱れて、松平の鬱陶しいひげ面が画面いっぱいに映し出された。
 何が発表されるのだろうか。隊士も、幹部達も固唾を呑んだ。

『あーあーあー、てすてすてす。これ、ちゃんと映ってる?』
 松平が画面の外へ問いかける。
 そこに控えていたスタッフが答えたのだろう。『あ、そう』と頷いて、松平がカメラ目線になった。
 指先をカメラに付きつけ、宣戦布告でもするかのよう高らかに言い放った。


『江戸の皆さんにィィィ告ぐ!! 五分後に、江戸の全市民が動物化するゥゥゥ!!!!』


 と。



 緊張感を張り詰めていた隊士達が、目を丸く見開いて一斉に気の抜けた声で「はぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!?」と叫んだ。


 松平は更に続けた。

『昨日、おじさん、人の体が動物化する薬をばらまいちゃったんだよね。人から人に感染しちゃう奴だからして。地球人である以上、だーれも逃れられないからそのつもりでいて、ね。
 あ、でも、動物化っつっても完全に動物になっちゃうわけじゃないから安心してちょーだい。獣耳と尻尾が生えるぐらいだからね。えーと、性格と容姿から算出して一番その人にイメージに近い動物になっちゃいまーす。では皆さん、何の動物になるか楽しみにしててね。あ、にゃんこちゃんになった可愛い子はもれなくおじさんの所に集まるように。これは警察長官として市民の皆さんへの命・令、でーす』

 それだけをのたまうと、画面はCM画面へと変わってしまった。

 局長以下隊士たちは蚊取り線香のCMを茫然と見ていた。真っ先に発言をしたのは一番隊隊長の沖田総悟だった。

「へぇぇ。動物化するってんなら、俺はさしづめか弱くて可愛いチワワちゃんってとこですかねぇ」
 若いだけあって柔軟な彼は声を悪戯に跳ねさせている。顔はいつもの無表情のままだったが。
「てめぇのどこがか弱いってんだ! 同じ犬ならボクサーか狩猟犬のバゼンジーってとこだろ!!」
 土方が剥きになって反論した。
「何でんなコアな犬種知ってるんですかい土方さん。鬼の副長とか呼ばれておきながら、その実可愛い動物好きなんですかィ?」

「ちちち、ちげぇ!! 俺はお前の間違いを指摘してやってんだろ。べ、別にふかふかした生き物が好きとか、揺れる尻尾に頬ずりしたいとか、肉球が好きとか、そんなんじゃねーから。マジで」
「あんた、自分で墓穴掘って飛び込む癖自覚したらどうですかィ?」
「沖田隊長。土方さんが打ち上げ花火の日に見回りする理由をご存じなかったんですか? この人、花火の炸裂音で怯える外飼いのワンコ達に声を掛けて回るためにわざわざ花火の日に外回りしているんですよ」
 山崎があっけらかんと土方の秘密を暴露してしまった。

「山崎ィィィ!!」青筋立てて土方が口の軽い観察をボコボコにするが時すでに遅い。
「へぇぇぇぇ〜〜〜」
 隊士達が一斉に和んだ表情をする。
 彼らの脳内では笑顔の土方が犬と戯れているのだろう。
「あんたそこまで犬好きだったんですかィ。んじゃ俺が尻尾付きバイブでもケツの穴にぶちこんでやりますんで、四つん這いになって尻振ってくだせぇよ」
「よぉぉぉし今すぐ介錯してやらぁぁ! 腹切れ総悟ォオォ!!」
「もちろん犬耳カチューシャもプレゼントしますぜ」
 人のひしめきあった中で抜刀する二人だが周りの連中は本人が目の前にいるだけにリアルな姿を想像してしまい、鼻やら股間を押さえてしまう。

「まぁまぁ、二人とも落ちつけ」
 怒号でも大声でもないくせ喧噪の中でさえよく響く近藤の声に二人は大人しくその場に腰をおろした。最近すっかりとストーカーが板についてしまっているが二人にとってはたった一人の大将だ。無視するという選択肢などはなから無い。
 土方は煙草を懐から取り出しつつ言った。
「とっつぁんも余計な真似しやがって……。何事か起きやがったら、まず間違えなく俺達が尻ぬぐいさせられるってのによぉ」
「まぁまぁ。もうすぐ夏だし。こんな祭りがあってもいいじゃねぇか」
 近藤が土方の肩に手を乗せて、笑顔で覗きこむ。
「あんたはすぐそれだ。とっつぁん甘やかしてんじゃねぇよ」
「なかなか面白そうじゃねぇかよ。トシはきっと黒豹だな。黒が似合うし、うん、間違えねぇ」
「……そうか?」
 視線を落として土方が答える。まんざらでもなさそうな様子が微笑ましい。
 後で聞いていた隊士達も大きく頷いた。
 
「近藤さんはきっと――――」
 答えようとした土方がそこで停止した。
「何? 俺、何?」
 近藤は続きを急かすのだが、土方はそのまま動きを止めてしまっている。
「いや、その……なんでもねぇ」
「土方さん、中途半端に濁してねぇではっきり近藤さんはゴリラだと言ってしまいなせぇ」
「ばっ……! てめ、俺はそんなつもりじゃ……!」
「ふーん、そっかー、俺はやっぱゴリかー。でもほら、ちょっとは違う動物かもしれないじゃん! ピューマとかジャガーとかかもしれないじゃん!?」
 近藤が必死に言い募る。なぜかちょっとだけ涙目だ。
「いいとこチンパンジーじゃねぇですかィ? ゴリラよりも遺伝子的に人に近いし」
「総悟、とどめ刺してんじゃねぇ。近藤さんは人間だったらそりゃゴリラだけど、動物になりゃしなやかな肉食獣に違いねぇ」
「あんたがとどめ刺してますぜ」
 完全にうなだれてしまった近藤に土方が慌てる。後の祭りだが。

「後十秒でーす」
 いつの間に復活したのだろうか、懐中時計を手のひらに乗せた山崎がカウントダウンを始めた。



「六――五、四、三、二、一――――」


 ゼロ!






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