数分を遡る。
 屯所の中、雑夫の合図で人が集まり始めた頃、銀時は茶屋の店先で団子を齧っていた。

「あら、銀さん。今日もお仕事お休みなんですか?」
 にこやかな笑顔で近づいてきたのは、スーパーの袋を抱えたお妙だ。
 今日「も」という所に悪意がそこはかとなく見え隠れしているが、銀時がそれしきでめげるような人間なら、最初から万事屋なんてやってはいない。
「まぁね。ここで会ったのも何かの縁だし、団子奢ってくんない?」
「え? 耳で団子が食べたいですって? 変わった性癖の持ち主なのね」
 問答無用で耳の穴に団子を突っ込もうとするお妙を全力で押さえる。
 松平の放送があったのは、銀時が自ら起こしたそんな余計な騒ぎの真っただ中にいる時だった。

 歌舞伎町の至る場所にたてられた災害警戒放送用のスピーカーから、特徴のある巻き舌の声が流れる。

「動物化だとぉ? 警察が自ら騒ぎを起こしてどうしようってんだ。そんなんだから税金泥棒っていわれるってのによ」
 銀時が面倒臭そうに言って、再び団子を口に入れた。
「まぁ大変。早く家に帰らなきゃ。私、きっとか弱いウサギさんになってしまうもの。うろうろしてたら狼に食べられちゃうわ」
「心配すんな。お前は間違えなく捕食する側の動物になるよ」
 口を滑らせた銀時の後ろ頭に妙の掌が回る。逃れる間もなく、ベンチを真っ二つにする勢いで額を叩きつけられた。

「帰ったらすぐに新ちゃんを寄越しますから。心配しないでね、銀さん」
「あん? どういうことだよ」
 かち割れた額から血を流しつつお妙に問う。
「だって、銀さんなまけものになっちゃうでしょ? こんな店先でベンチにしがみついたまま動かなくなっちゃったらお店の人に迷惑がかかっちゃうじゃないの」
「銀さんみーっっけ」
 銀時とお妙の間に、水色の髪の女がハートマークを飛ばしながら降ってきた。猿飛あやめだ。
「私ね、松平さんに先に話を聞いてて、ずっと銀さんを探してたの! だって、銀さんなまけものになるでしょ? 薬の効き目は半日も続いちゃうらしいけど、その間私がちゃぁんと面倒見てあげるから、安心して木にぶらさがってていいからね!」
「テメーら二人して誰がなまけものだ! 俺はもっと、こう、もっとアレな感じの動物になるよ! カッコいい動物になるからね!」

 銀時はいきり立って反論するが、女性二人は暗く影の落ちた顔でにらみ合っていた。

 さっちゃんは銀時と親しげに振舞うお妙が気に食わなかった。
 お妙は別にさっちゃんを嫌ってはいなかったのだけど、顔を合わせるたびに突っかかってこられて、あまつさえ銀時との関係まで疑われて、うざいが高じて嫌いに片足踏み込んでいた。

「あら猿飛さん。そうね。あなたお猿さんだからぶら下がりやすい木をご存じなんでしょうね。貴方になら安心して銀さんをお願いできるわ」
「私は猿じゃないわ。可愛いにゃんこになるの。自分がメスゴリラだからって人までそうなると思わないで」
「誰がメスゴリラだコラ。そのふざけた口に手ェ突っ込んで内臓ひき出してあげましょうか?」
「キャバクラの後輩がリスとかハムスター系の可愛い動物になっても、お局根性丸出しで苛めちゃ駄目だからね。私、同じ女としてそういうの許せないの」
「上等だコラァ!!」
 顔を突き合わせる二人の間に、やめておけばいいのに、銀時が「まぁまぁ」と押しいる。
「ほら、女同士のガチ喧嘩って引くからね。その辺でやめとけって」

 丁度その時だった。


 ポン、と、背中を手のひらで押されたような衝撃があり、髪を押し上げる新たな感触が頭に走った。



「銀さん……」

 目を丸く見開いて、さっちゃんが銀時を見上げた。

 銀時の頭に生えたのは半円の耳だ。

 どういう仕組みになっているのか、着流しの上から生えた尻尾は太く重たげな尻尾。
 銀色の虎、だった。

「かっこいい……。さすが銀さん! 私のつぼを心得てるんだから! もう、さっちゃん惚れなおしちゃうんだぞ!」


「あぁ〜ら猿飛さん。猿じゃなかったわよ。おめでとう。でもとてもあなたらしい動物になってるわよ」
「だからいったでしょ。私はにゃんこになるんだっ……て…………」
 自分の背中を振り返り、そこの尻尾を見てさっちゃんは硬直した。

 太い尻尾に斑点の柄。これは、猫ではなく――――。
「男を見れば食い荒らす女豹ってとこかしら。とってもお似合いよ」
 ふふ、と笑うお妙をさっちゃんが睨みつける。
「あ、あなたこそ、その尖った耳と尻尾! 紛れもなく狐じゃない! 男をだまくらかすメギツネじゃない! 私の方がなんぼかましよ!」
「な……!?」
 珍しくも狼狽した様子でお妙が尻尾を確認する。二色に別れた尻尾は確かに狐のものだった。

「な、なによ、これ! 私のどこが狐だっていうのよ! ねぇ、銀さ……」


 お妙が銀時の姿を探すが、彼はとっくにその場から逃げ出していた。
 お妙が狐になった瞬間、どうフォローしようとボコボコになる自分の未来が見えていたから。






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