|
「あーあ。万事屋と逆方向に逃げてきちまったじゃねぇかよ……」
銀時は普段よりも三割増に死んだ目で吐き捨てた。
女同士の喧嘩から逃げられたはいいものの、このまま進むと家から遠く離れる一方だ。
最短距離にはお妙とさっちゃんがいる。どこへそれても周り道になるのだが、一番近い道順はどこだろうか。頭の中で地図を組み立てる中、このまま進むとどこに付くかまで脳内の地図に表示された。
このまま進むと真選組にたどり着く。
「まぁ……ゴリはゴリだろうけど、サド王子はなんかこう自分本位の動物になってんだろうなぁ。あいつは……どうだろうな」
黒の隊服を隙なく着込んだ背中を思い出す。
顔を合わせるたびに喧嘩になる男――土方。
打てば響く応酬が楽しくてついついからかい倒してしまう相手だった。
銀時は面白半分に絡んでいくのだが、どうやら相手は本気に馬鹿にされていると思っているようで、隙があったら切り殺してやろうと狙ってる気配がビンビン伝わってきていた。
軽口を悪口と混同して怒る。あんなんで友達ができるのかねぇ? と銀時は心配したものだった。真選組の見回りで、土方とセットになっているのは、サド王子かジミーかハゲの三択しかない。
休日ぶらつく彼を見ることがあってもいつも一人だ。
「鬼の副長」なんて恐ろしげな二つ名を持つ男だが、彼だって人間だ。
仕事に追われているからこそ、羽目を外して遊べる友人の一人二人必要だろうに。
今度定食屋で一緒になったら飲みにでも誘ってみっか――――。
そう考え、いやいやいや、と首を振る。
(なんで俺があいつを気にしてんだよ。あいつのストレスがたまろうが知ったこっちゃないじゃん。あんな瞳孔の開いた男がストレスで潰れようとどうでもいいじゃん)
「ぎーんとき――――!!」
聞き慣れたくも無いのに慣れてしまった声で物思いに沈んでいた銀時の意識が覚醒させられた。
「ヅラ……?」
旧友、桂小太郎だ。
いつもつれているオバQ――もとい中身おっさんのシーツの化け物エリザベスと一緒に地面に降り立つ。
「てめぇ、それ、何になってんの? 蛇? トカゲ?」
うわぁ、きもーい。と、パー子っぽい言葉づかいで一歩引くが、桂の格好は蛇でもトカゲでもなかった。
「見て判らんのか? 教養の無い奴め。これは竜だ」
「竜〜〜?」
そういえば竜だ。耳の後ろからもつのが生えている。
「どうだ、見なおしたか銀時。俺はお前たちのような動物ではなく、幻獣と呼ばれし神話の生き物に変化したのだぞ」
「あ、そう。よかったね〜見直したわ。おめでとーおー」
一mmも心の籠らない賛美の言葉を贈る。鼻をほじりながら。
「そんな口を利いていられるのも今だけだぞ銀時。俺と共に攘夷の道を進むと今日こそ誓ってもらうぞ!」
「はぁ? なに言ってんの。んなめんどくさいこと俺ァごめんだぜ」
鼻くそを飛ばす銀時に、桂は袋を突き付けた。
「かわいいニャンコにプレゼントするため、俺が日々持ち歩いているこの袋の中身がなんだかわかるか?」
「知らねぇ。興味ねぇ。んじゃ、俺帰るから」
桂の横を通り抜けようとする銀時に、桂は袋の中身をぶちまけた。
「またたび粉だ! さぁ酔っぱらえ銀時! そしてこの書類にサインしてもらうぞ!」
酔っぱらって力を失くした所で、『攘夷志士として桂さんに日々こき使われることを誓います』と書かれた書類に拇印を押させようと目論んでいた。
しかし、銀時は袋を頭の上に乗せたまま、額に血管を浮かばせただけだった。
「ヅラ、てめぇ…………」
「む、なぜまたたび粉が効かない?」
「俺は猫じゃねぇ! 虎だ!」
「同じ猫科の動物ではないか。虎に効かないわけはないと思うのだが……。まぁいい。作戦は失敗のようだな」
桂は地面にピンポン玉に似たボールをたたきつけた。と同時に、自分の鼻先さえ見えない濃い煙が広がる。煙玉だ。
「うぉ! ごほ、げは! ズラァァ!! まじ殺すぞテメェ!!」
「ズラではない桂だ!! さーらばー」
聞きなれた捨て台詞を残して桂の気配が消える。
真選組を相手どりつつも、桂はただの一度も捕まったことがない。銀時でさえ関わりたくない生粋の変人だが逃げ足だけは超一流だった。
|