土方は屯所から逃げ出していた。

 隊服だけでも暑い日差しの下、箪笥の奥にしまいこんでいたコートを着てフードまで被っている。
 顔色悪くぜーぜーと息をついてしまうが「真選組の鬼副長」として名と顔の知られている土方は、猫化した姿で歩きまわるわけにはいかなかった。
 真選組のため、というよりも自分の矜持のため、だったが。

 何かが弾けるような、ぼふん! と響いた音にうつむいていた顔を上げる。
 道路の一角に煙が広がっていた。

 爆発物か? と警戒したが、それにしては煙が濃厚すぎた。煙玉に違いない。
「こんな時に何だってんだ畜生」
 悪態をつきつつも、職業柄放っておくわけにもいかないので近寄っていく。

「万事屋……?」
 煙の中、立っていたのは銀時だった。


「てめぇ、なにしてやがる」
「あん?」

 聞き覚えのある声に振り返った銀時は、脳裏に描いていた人物が目の前に現れたことに軽く驚いてしまった。
 後ろ頭に手をやって、すぐ様いつもの調子を取り戻す。
「通りすがりの鬘職人に煙玉を投げつけられたんだよ。遊んでばっかいないで、危ない奴をちゃんと取り締まってくれよオマワリさんよぉ」
「誰が遊んでるって? 俺はテメェの万倍働いてんだよ。騒ぎを起こすのは上の連中だけだっつーの」

 フードを目深にかぶっているせいで、いつもよりさらに上目づかいのまま、土方はかくりと首を左に傾けた。
「……」
 思いもよらない幼い仕草に銀時が驚く。
 土方は銀時の耳を尻尾をまじまじと見て言った。
「縞模様のナマケモノなんていたか? 珍しい品種になれてよかったじゃねぇか」
 懐からタバコを取り出して指に挟む。
「ちげぇだろ! どうしてどいつもこいつもナマケモノ一択なんだよ! どう見たって虎だろこれェ」
「虎……!?」
 タバコを指に挟んだまま、土方は銀時を凝視した。
 色は白だが、波打った横じまは確かに虎の特徴だった。
 土方はタバコを取り落とし、牙を剥くようにして銀時に掴みかかった。

「テメェみたいなやる気のねぇ男がなんで虎なんだよ! テメェはなまけものが本命で、いいとこアルパカかカピパラだろ! 俺のほうが虎っぽいだろ!」
「あん? アルカ……? カビ? なんだそりゃ。初めて聞くんですけどぉ。んなマニアックな動物の名前がさくっと出せるなんて、真選組の鬼さんは実は動物スキなんですかァ?」
「ちちち」
 土方は相当動揺してから、ちげーよ! と肩を怒らせた。
「つか、お前はなんになってるワケ? もう初夏だってのにコートなんか被っちゃってぇ」
「うっせぇ。テメェにゃ関係――!!」

 息の吹きかかるほど近くまで迫っていた土方が、びくん、と体を揺らした。肩が小刻みに震え、瞼が半分落ちる。
 肩の震えが全身に広がって、顔が赤らみ目が潤む。
 欲情したかのような表情に銀時が息を飲んだ。
「お、おい、どうした?」

「う、にゃ……!」

 土方が銀時に抱きついた。体重を全て預けてしまうような、信頼する相手にしかできない緩みきった抱きつき方だった。
「お、おい」
「う、ぁ、力、入んねェ……なんだ、この匂い……ちくしょう……! に………………」
 銀時から離れようと必死に腕を突っ張るが、ふにゃ、と力が抜けて銀時の胸に突っ込んでしまう。
「にゃぁぁん」

「にゃぁ、ってお前、まさか」

 土方の頭を覆っていたフードをはぐ。
 三角形の耳がぴょこんと飛び出した。紛れもなく猫だ。

「ちょっとォォ、真選組の鬼の副長さんがなんで猫ォォ!? もうちょっと獰猛な生き物になろうよ! もうちょっと勇ましい動物になろうよ!」
「あ、ん……、ぅるせぇ、俺ぁ……、あ、……ッ」
 袖を口元に押し付け片腕を突っ張って銀時から離れようとする。

 あとひと踏ん張りでこの猫は逃げ出していくだろう。

 それに気がついた銀時は、半ば無意識に手を伸ばしていた。
 喉を指の腹でくすぐる。
「ひッ…………!」
 土方は歯を食いしばって離れようとばたついていたが――――くるくると喉を鳴らして銀時に抱きついた。

「いやー、銀さん、お前の反応がいいからちょっかい出してたつもりだったけど、違ったわぁ〜」
 自分のことを他人事のように語って、またたび袋がモロに引っかかった肩に土方の顔を押し付けた。
 土方はとうとう膝から力が抜けて銀時の腕の中に崩れ落ちた。
 小刻みにニャニャナニャと鳴きながら尻尾の先を引き攣らせている。

「んなカッコじゃ熱射病になっちまうし、ちょっと涼しいとこにいくか。悪いようにはしないから、ちょっとだけだから。心配しなくていいから」
「は、なしやが、れ」
「ほら、全国から屈指のマヨラーが集まってくるっつーマヨラ★ブホテルつーホテルに連れてってやるからぁ」
 マヨという言葉に反応する。復唱しようとして、舌足らずにマヨにゃと呟いた。それ最後に土方の意識が完全にまたたびに汚染されてしまう。
 ここぞとばかりに銀時は土方を抱え上げ、機嫌良く足を踏み出したのだった。
 





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ブホテルが面白すぎましたので、中途半端に放り出していたこの話のオチに使わせて貰いました。
トッシー編大好きです。