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珍しくも、夜遅くまで仕事の立て込んだ日だった。
銀時は大股に万事屋への帰路を辿っていた。
新八と神楽は先に帰した。食事を作ってくれているはずだが、この時間ではもう完全に冷めてしまっている。もう少し早く帰ってこれるつもりだったのに、予想外に遅くなってしまった。先に寝ておけと連絡を入れておくべきだっただろうか。
木枯らしが吹いてただでさえ冷たくなった体を更に冷やされる。
ようやく正面に万事屋の看板が見え始めた。
今日はスナックお登勢の定休日だった。道路まで響く賑やかな笑い声と明かりがないせいで通りが酷く寂しい。しんと静まった暗がりの中、階段横の路地に小さな明かりが灯った。
人魂か、とぎくりと足を止めてしまうが、いや、ないないないそれは無いよと自分を励ましてそっと近づいていく。
「ん……?」
風が流れ、嗅ぎなれた香りが鼻孔を擽った。
「土方、か……?」
明かりは人魂ではなくタバコの火だった。
土方は近づいてくる銀時に気が付いていたのだろう。どこか生気の無い様子でふらりと路地から出てきた。寒空の下だというのに、いつもの隊服のみでコートさえ羽織っていない。
「お前、まったそんなカッコで……。風邪ひいちまう――」
最後まで言葉を紡げなかった。土方の目尻が泣いた後のように赤く染まっていた。
「おい、どうした……?」
思わず伸ばした掌はすげなく払い落された。
「土方……?」
「万事屋、俺に言うことはねぇのか?」
「いうこと……?」
何のことやら見当がつかずに銀時はオウム返しにする。
土方が灰色の瞳に瞼を落とす。伏せた睫毛の下から覗く瞳には、怒りではなく、ただ深い悲しみがあった。
土方はまだ長いタバコを捨てて、靴で踏みしめると振り切るように言った。
「もういい。テメェとの付き合いは今日で終いだ」
「は?」
「もともと間違った関係だったんだ。お前があの女と付き合うこと俺はちゃんと祝福できる。でも、近藤さんは、近藤さんには、ちゃんと説明してやってくれ。俺は伝えきれねぇから」
「じゃあな」と答えて土方は踵を返してしまった。
まったく話についていけなくて、だけど別れ話をされたことだけは判って、銀時はほとんど脊髄反射で土方の腕を掴んだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待て土方! お前が何を言ってるのかさっぱりわかんねぇんだけど! 俺何かしましたかぁ!? 女と付き合うってなんだよ。女なんかいるわけねぇだろ! 銀さんこう見えても恋愛方面には真面目ですから! 浮気なんてするのもされるのも絶対許せねえし」
「離せ」
「あれか! さっちゃんとの仲を疑ってんのか!? 冗談じゃねぇぞ、あいつはストーカーだっつってんだろうが! 俺は心底迷惑してんだよ。お前だって知ってるだろ? こないだだってお前の目の前でさっちゃんに言ったじゃん! 俺に付きまとうなって!」
「離せ」
「ひょっとしてヅラ子と話してるの見たのか!? あれは西郷って化け物に捕まって人体改造されちまった哀れなオカマだから――――って、近藤……? まさか、お前が言ってる女って」
「…………」
「お妙のことか?」
土方の返事はなかった。それが肯定の証だった。
銀時は顔の前で掌を振って全力で否定した。
「なんでよりによってお妙チョイスなんだよ! それは無い! 無いったら無い! つか最近お妙と会ってもないのになんでお妙との仲疑われてんの俺ェェ!」
「見え透いた嘘ついてんじゃねぇ……」
「いやいやいやいや、透けてないって! 絶対お前斜め後ろに勘違いしているだけだから。ちょっと万事屋に来て事情を説明してくれや。うわ、体冷え切ってるじゃねぇか! とにかく風呂であったまれ」
「いやだ、行かねぇ……!」
「ちょ、踏ん張るんじゃねぇ! いい子だからおいでって。三百円あげるから!」
「三百円で動いてたまるかぁ! 俺はもう覚悟を決めてんだ! 今更話すことなんかねぇ」
「今更って何!? 勝手に勘違いしといて終わらせてんじゃねぇよ! 俺にとってはたった今始った事件なんだよ!」
「やっかましいィィイ! 喧嘩なら余所でやりなクソガキ共ォォ!!」
ばん、とお登勢が現れて、爆音に近い怒声を浴びせかけた。
驚きに力の抜けた土方を、今だと言わんばかりの勢いで万事屋に引っ張り込む。
風呂から上がった土方から聞き出した話によると、銀時とお妙が仲良く手をつないで歩いていたのを見たとの事だった。
まったく身に覚えがない。無さ過ぎる。
そもそも銀時は、女と付き合っていたとしても人前で手を繋いでラブラブしながら歩くキャラクターではない。
いぶかしむ土方に、「違うから」「絶対違うって誓えるから!」「何ならお妙に確認してみろよ!」と半分切れつつ力押しで説き伏せて、どうにか別れ話を撤回させた。
土方が見たのは間違いなく銀時だったといえるのだけど、「いざという時にはキラメク」というのは放言ではなかったようだ。目力に押されて頷いた。いつもは眠たげな眼が見開き――キラメク、というよりは焦りに血走っていたけど。
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