翌日。

 真選組はいつも忙しい。その副長である土方の忙しさは尋常じゃない。今日の休みも約二週間ぶりだった。
 気の緩みもあったのだろう。随分深く眠っていたらしく、土方はすっきりと目を覚ました。
 壁の時計を確認する。時間はすでに十一時を指していた。

「……!」
さすがに寝過ぎた。
 布団を蹴とばすようにして起きる。

 台所に立って食事の用意をしながら、寝坊した土方に文句をつける銀時――――。
 そんな場面を想像しながら居間を兼ねる事務所に足を踏み入れたけど、そこに人の気配はなかった。

「よろずや……?」

 台所にも、風呂にもトイレにも銀時の姿はない。

 買い出しにでもいっているに違いない。土方はソファに座って銀時の帰りを待った。
 だが、銀時は昼になっても帰ってこなかった。
 急な仕事が入ったのだろうか?
 銀時は万事屋だ。彼の仕事の話はあまり聞かないが、屋根の修理をしたりイベントの手伝いをしたりしているのを知っていた。時には同心でさえ手に負えないレベルの厄介事に首を突っ込んでいることも。
 急なトラブルでもあって、連絡をする時間さえ取れないのだろうか。
 昨日は喧嘩をしたし、苛立っているのは判る。が、ゆっくりできるのは二週間ぶりだ。
 喧嘩を引きずってるからといって、一言も無く出て行った挙句、連絡もしないなんて配慮が足り無いのではないか。

 噛みつぶすように煙草をくわえて、いや、それは自分のわがままだな、と土方は首を振った。
 土方は一度仕事に入ってしまえば、緊張感を維持するためにも外部との連絡などしない。恋人と連絡を取るなんてもってのほかだ。約束をドタキャンしたことも一度や二度ではない。
 自分は連絡しないくせ、銀時にだけそれを強要するなんておごがましいにも程がある。
 朝、一言も無く出て行ったのは熟睡していた自分を起こしたくなかったからかもしれないし。
 そう自分を納得させて、敷きっぱなしだった布団に転がってみたり、面白くも無いテレビを見たりして時間をつぶした。

 
 遅くとも夕方には帰ってくるか、なんらかの連絡があるだろう。
 その予想は外れた。

 銀時が帰ってきたのは夜も更けた時刻だった。

「あ? 土方君、まだいたの?」


 その言い草に、土方の頭に血が上った。

「無断で消えやがったくせに何ほざいてやがる! 鍵も持ってねぇっつーのに家を開けられるわけねーだろうが!」
 銀時はきょとんとしたが、思い出したように掌を打った。

「そっかテメェには鍵を渡して無かったんだったな」

 テメェ『には』?
 土方は目を見開いて銀時を見た。



「なぁ、俺らもう別れようぜ」


 言葉に、土方の思考が止まった。


「え?」

 聞こえたはずなのに、問い返してしまう。
「だから、別れようって」
 銀時は面倒臭そうに後頭に掌をやりながら繰り返す。

「どうして」
 冷たい汗が土方の背中を流れた。
「昨日のことを怒ってんのか? どうして、そこまで」
 あの程度の喧嘩なら、いままでにだって無数と繰り返してきたはずなのに。

「あんな喧嘩が理由なわけねぇだろ」
 銀時が苦笑する。
「あ、でも一因ではあるけどよォ。だって、休みの日まで喧嘩すんのって疲れるしさ。やっぱ恋人にするなら、包み込んでくれる優しい人ってのが理想だよなぁ。土方だって、惚れた女は優しい奴だったじゃねぇかよ。あのおねーさんの弟がサド王子なんていまだに信じられねぇわ」
「万事屋!!」
 話をそらした銀時に土方が怒鳴る。
「ほら、またそれだ。すーぐ頭に血ぃ上らせちゃってェ。マジ疲れんだよねそういうの。ほら、銀さんって基本的に力使わず生きていきたいタイプだから」
「茶化してんじゃねぇ! 俺は真面目に――」

「俺だって茶化してるつもりはねぇよ」

 銀時の口調が変わる。一気に室温さえ下げてしまうほどの冷たい声だった。

「ずっと前から気になっている子がいたんだよね。今日その子から告白されて、受けてきた。



 もう、テメェとはこれで終わりだ」




 土方はぐらぐら揺れる視界を気力で持ち直す。
「嫌だ! お――俺は、別れねぇ! 別れねぇからな!」
 放った言葉はほとんど叫び声だった。


「別れないとかいわれても。俺的にはもう終わっちゃってんだけど。こう見えても恋愛にはまじめだから、二股とか絶対したくねぇし」
「うるせぇ、知るか……!!」

 銀時の白の着流しの裾を掴む。が、それ以上の行動は何も起こせなかった。

 指を解いて、真っ向から睨みつけて言った。

「明日もまた来る」
「えええ? ちょ、まじ勘弁してくんねぇか。つかテメェんなキャラじゃねーだろ。第一男同士だし、ここは引いてくれるのが本当の愛なんじゃねーの?」
「知るか」

 草履を引っかけて玄関を出る。





 一方的にとは言え、明日の約束も取り付けたというのに、万事屋を出た瞬間、すぐ後ろにあるはずの見慣れた家が、二度とたどり着けない遠い場所にある迷い家のように思えた。

 



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