土方の意識がゆっくりと浮上していく。
 もっと眠っていたかった。もっと布団の中にいたかった。
 だけど意識のどこかが「さっさと起きなければ大変な事態に陥るぞ!」 と警告音を挙げていた。
 あぁ、そういえば書類が山どころか山脈になってたんだ――――。
 そう思い、意識の水面をゆらゆら漂っていた自分を叱咤する。

「ん、……」

 土方は目を覚ました。
 彼が目を覚まして一番はじめに見た物はでっかいたわし……ではなく、土下座する近藤の頭頂部だった。

「すまなかった、トシ」

「こんどうさん……?」
「無理がたたって乱心したって聞いて、すっ飛んで来たんだ。お前ばっかりに書類仕事をさせてすまなかった。後は俺が引き継ぐからゆっくり休んでてくれ」

 顔を上げた近藤の頬は、いつもの二倍はあるんじゃないかというぐらいに腫れ上がっていた。

「こ、近藤さん……! またあのゴリラ女か……!」
 よくも家の大将を、と土方がいきり立ちそうになるが、近藤が肩を押さえていさめた。

「違う、いや、片方はそうなんだが、もう片方は」


 志村家でストーカー行為に勤しんでいた近藤は、山崎から一連の事情を聞いた。
 聞くや否や一目散にここに駆け付けたのだが、玄関先で銀時に阻まれた。
 銀時は片方の頬を真っ赤にはらした近藤の顔を見るなり、

「とりあえず、殴るから」

 と言い、近藤の顔面にグーパンチをかました。左手だったのだがいささか本気の白夜叉のパンチに飛ばされ、見事な階段落ちをする羽目になった。
 それでも軽傷だったのは流石武装警察真選組の局長、といった所だが。


「あのヤロー……!」
 寝るときは、刀をいつも右手横に置いている。
 反射的にその位置を手のひらで探るが、あるはずの刀は無かった。
 万事屋に泊まったのは一度や二度ではない。が、いつも必ずそこに置いていた。土方が置けない状態だったとしても、銀時が必ず置いていたのに。

「刀はぼっしゅーしていまァす。つか、近藤を切るって息巻いてたから隠したってのに、なんで銀さんを切ろうとしてんの」
 銀時が戸口に現われた。いつもの力ない様子で障子に肩を預けながらも、視線も纏ったオーラも怒りを帯びている。
 だが土方を焦らせたのは銀時の怒りの波動では無く、そのセリフだった。
「お、俺が近藤さん切るワケねーだろ。何言ってんのお前!」
 どぎまぎしながら刀を諦め、隊服からタバコを取り出す。

「へー? 近藤殺して俺も死ぬって息巻いてたのはどこの副長さんだったんですかね」
「ばば、ばか、やめろ!」
「いや、トシが頭に血ィ登らせんのも当たり前だ。お前に全部押しつけちまって、悪かった。本当にすまん」
 近藤がまた、畳に両手をついて頭を下げた。
「近藤さん、もういいんだ。俺なんかに頭下げないでくれ」

 土方が困ったような笑顔になった。勤めも果たさずにストーカー行為に明け暮れていた自分を責めもしない土方に、近藤が感極まって「トシ……」と呟く。


「おおっと、手が滑った」
 ひゅ、と近藤の頭皮スレスレを閃光が走った。

 先程土方がたわしと見間違えた剛毛がぱらぱらと降ってくる。しかも大量に。

 近藤は頭を一撫でして、土方の刀を鞘に戻している銀時に向い叫び声をあげた。

「――――ちょっとぉぉぉ! 何してくれてんのォ銀時ィィ! 俺の頭がエアーズロックっぽくなっちゃったじゃないのォォ!」
「いいじゃねーか。鬱陶しい無造作な剣山がすっきりエアーズロックになったんだから」
「無造作ヘアが一番難しいから! おしゃれに気を使ってる人ほど見た目無造作だってわかってんのォ!?」
「そりゃ自分は無造作おしゃれとか思ってる中年男の言い訳だろ。とっとと帰ってサボった分返上してきやがれゴリラ」

 確かに、こうやって言い合いしている時間なんかない。
 山崎にも三十分で戻ってきて下さいね、と何度も念を押された。
「あぁ。それじゃ帰る。総悟も呼び戻しておいたんだ。お前ほど早くはさばけんが、俺と総悟二人いれば、支障無い程度書類を進められると思う。
トシは明日の朝に出勤してくれればいいから、今日はゆっくり休めよ」
「…………そうする。ありがとう」

 近藤は平たくなってしまった頭を撫でながら部屋を出て行った。

「ほい、お前の刀」
「あぁ」

 放られた刀を片手で受け取る。

 その体勢のまま、土方は動きを止めた。




 銀時に一撃で抑えられてしまったのが悔しくて堪らない。
隊士の目の前で銀時に大敗してしまった失態に重たくため息をつく。


「畜生、頭に血ィ昇ってたからって、あんな簡単にのされちまうなんて」
 不覚だ。

「銀さんつえェんだから当然でしょ。でもこれきりにしてくれよ。真剣持ったテメーとやり合うのは消耗すんだよ」
「一撃で落としたくせに、なにが消耗だ」
「な、おまッ! 軽く言うんじゃねぇっての! ドラゴニアは滅茶苦茶つぇーけどな! アシガルには弱いんだよ! ばったばた倒されちまうんだよ!」
「例えの意味がわかんねぇよ!」

「あのね、お前の剣をそらすのって極限まで集中しないと無理なんだぜ? なんつーの? 放り投げた米を刀で均等に真っ二つにする感じィ? 体中で気の流れを感じてなきゃできねぇんだよ。俺はそこらの侍を4,50人まとめて倒せるぐらいの自信があるけど、お前みたいに集中を強要される相手は苦手なの!」

 おまけに土方は切り返しを得意としている。思わぬ方向から刃を繰り出してくるので一撃で倒さなければ銀時も無事では済まない。

「マジで相性悪いんだよなぁ。お前が二人いたら間違いなくやられちまうぜ……」
 髭のそり残しでも探すみたいに顎を撫でて、やる気の無い目が斜め上を見上げる。
「つかお前、銀さんを殺そうとしたよね。まぎれもなくあれは本気で殺そうとしてたよね」
「う……ッ」
 土方は思わず息を呑んで、その、それは、と歯切れ悪く反論する。
「ほ、本気で近藤さん殺して俺も死ぬつもりでいたから……。その、どうせならお前も連れてっちまおうとか、思っちまって……その、」
 どう反論しようか、懸命に言葉を探してる様子が可愛くて、ついつい銀時は土方の頭を撫でてしまった。
「てめ、」
 子供扱いするな! と、いつもなら手を振り払う所だったが、流石に負い目があり好きにさせる。

「さて、飯にすっか。土方くんまた痩せてんじゃねーか。自己管理もできねぇのかよ」
 銀時の腕に引かれるまま立ち上がり、うっせぇ、と悪態をつく。
 しかし「もう帰る!」と踵を返したりはしない。銀時の作るご飯は文句なしに美味かった。
 油の代わりにマヨネーズを使っているし、なんだかんだと文句をいいながらもマヨネーズを好きなだけ使わせてくれる。
 食卓に並んだメニューは土方の好物ばかりだった。瞳孔が一気に開いてきらきらと輝く。

 炊き立てのご飯とマヨネーズを差し出しながら、銀時は土方には伝えなかった言葉を胸の中で反芻した。
 戦いの相性は悪いけど、夜の相性は最高にいいんだよねぇ。と。

 ゆっくりご飯を食べさせたら眠気を催す前に布団に引きづり込んでしまおう。
 そんな銀時の悪だくみも知らず、土方は料理に舌鼓を打つのだった。




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監禁編を見て、近藤さんって意外と愛されてないんだなぁと思いだだっと書きあげたしろものです。
お蔵入りさせるつもりだったのに、ぐちり屋で、ゴリに文句をいうマヨ侍さんが可愛くてUPしたくなってしまいました。

話の都合上山崎が弱くなりましたが、敵の内部まで入り込んで内偵に携わる彼は、
素手での喧嘩は土方よりも強いのではないかな……と妄想しています。