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万事屋の玄関をくぐると、銀時は力の抜けた声で「ただいまー」と言いブーツを脱ぎ捨てる。
「銀ちゃーん!」
待ち構えていたのか神楽が駆け寄ってきた。
「銀ちゃん、じゃなくて、「ただいま」って言われた時の返事は「お帰り」だろうが」
「うっさいアルマダオ。それより、通帳、ゼロの数がおかしいネ。これ、印刷ミスって奴じゃね? こないだなんかのミスで普通のおっさんに三京二兆三百六億円の請求が行ったってニュースしてたアル。銀行も意外と信用ならないアルな」
神楽は通帳を手にしていた。銀時はいささか焦った様子で取り返そうと手を伸ばす。
神楽はその手をひょいと避けて後ろに飛んだ。
「ちょ、いい子だから返しなさい! ガキが家の通帳見てんじゃねぇっての」
「一、二、三……おお、ゼロが八個もあるアル。印刷ミスでも景気のいい桁アルな」
「八個……?」
銀時から避けるため神楽が後ろに逸らした通帳を回りこんだ土方が奪った。
開かれていたページを確認して唇を結ぶ。
土方は死の危険さえある組織に属して、しかも副長を務めている。
もちろん給料はそれなりに高かった。
銀時名義の通帳には、そんな土方でさえ見たことの無い額が記載されていた。
「いや、その……、こないだ、吉原の女どもに依頼を受けてよぉ……。いや、つーか女に依頼を受けたわけじゃないんだけど、結果的にその〜、まあ、いろいろあってさ」
いつもだったら油を差された自転車のペダル並みに回転する口が、さびてギシギシと音を上げているようだ。
「治療費を払うっつーから振込先教えたんだけど、まさかこんな桁外れの金振り込んでくるなんて思ってなくて……。まぁ、腐ってても吉原だったんだから予想はしとくべきだったがよ」
政治家、官僚、国の重鎮や企業のトップが接待に使う場所、吉原では、途方もない金が一晩に飛び交う。
日の輪は「あんたたちの治療費。そして吉原にお日様の光を振らせてくれた僅かばかりの謝礼金だよ。街の皆で出し合ったから快く受け取っておくれよ」と笑っていた。が、「わずかばかり」でこんな桁の壊れた金額を振り込んでくるとは思っていなかった。
通帳を持つ土方の腕は小刻みに震えていた。
土方は強かったし口も達者なつもりではいたが、いつも目の前の男に勝てた試しがない。
相手は依頼が少ない万事屋、それに比べ自分は警察の管理職だ。
金を使うことといえばもっぱらマヨネーズとタバコだけ。着物にも日用品にもさして頓着のない土方はそれなりに貯金があった。
腕っ節や頭の回転の速さだけでなく、自由にできる金がどれだけあるかというのも男としての甲斐性の一つだ。
所得だけは負けていないはずだった。
土方にとっては、それだけが唯一銀時に勝てる項目だったのに。
銀時は土方の考えをほぼ正確に読み取っていた。恋人同士なのだから勝ち負けなんて関係ないはずなに、土方はその矜持の高さ故かどうしても比べてしまうのだろう。
慌てるように、言い訳のように続ける。
「あ、でも、使うつもりはねーから! あの町が行き詰ったら寄付とかいって突っ返すつもりだし。だから正確にいうと俺の金ってわけじゃねーっつーか……」
ひく、と土方の肩が揺らいだ。
猫を思わせるつり上がった瞳が銀時を睨みつけた。なんと涙目だった。
「う。」
睨みつけられるなんていつもの事だったけど、涙目で睨まれるなんて初めてのことで銀時はたじろいでしまう。
「マダオのくせに格好いいこと抜かしてんじゃねぇぇ! テメェはさっさとこの金パチンコで食いつぶしてくりゃいいんだよ! スロットにでも放りこみゃ一年で消える金だろうが! ――――ぜってーこれより貯金をしてやる! 副長以外に3つぐらいバイト掛け持ちしてやる! 覚えてろ万事屋ァァァ!!!」
走り出そうとする土方を銀時が羽交い絞めにした。土方が開けようと、銀時が開かせまいと足で押さえて、木製の玄関がぎしぎしと鳴った。
「おま、ちょ、ふざっけんな、落ちつけ、いい子だから落ちつけェェェ!! ただでさえ会えてないでしょ! 今日会えたのだって一週間ぶりってぐらいでしょ! これ以上会えなくするつもりか! 冗談じゃねぇぞオオオ!!」
「大変アルなぁ」
玄関先でひと騒動起こしている二人に神楽が呟く。ある意味火付け役の彼女は酢昆布とお茶を片手に、見物を決め込んでいた。
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