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「おら、タオルだ。床濡らすんじゃねーぞ」
土方はタオルを男に差し出した。
「いや、おにーさんが充分濡らしちゃってるんだけど……」
男の言うとおり、靴下を脱いだだけであがって行ったフローリングの床には土方の行動を追うように水が滴っていた。
タオルを差し出した手を引っ張られて、土方は頭から男の胸に突っ込んでしまう。驚きのあまりに片手に抱いていた猫を落とすところだった。
「適当に拭いてんじゃねーよ。あんた顔色悪いぜ? 風邪引いちまったんじゃねーの?」
男が使うために差し出さしたタオルは、土方の頭に乗せられた。タオル越しに大きな掌が土方の髪をかきまわす。
「!!??」
土方は驚きのあまりに俄かに声が出なかった。
「な、な、何しやが、る」
「あん? お前の頭拭いてんだけど?」
「な、ちょ、俺のことはいいから自分の体拭きやがれ! お前も風邪引いちまうだろうが!」
「心配してくれるの? うれしー。でも俺は頑丈だからなぁ。おにーさん細いじゃん。飯ちゃんと食ってんの?」
「俺のどこが細いっつーんだ、失礼なこと言ってんじゃね……ッ!!?」
がし、と両の二の腕を掴まれて、抱え上げられた。つま先が宙に浮く。
「ほら、やっぱ軽い」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!???」
軽くパニックになるやら恥ずかしいやらで、土方は容赦のないヘッドバッドを男に喰らわせた。
男はあまりの痛みに膝をつくが、土方も同じように膝をついて苦しむ。
「ちょ、頭突きは反則じゃねー!? 俺目の前に星が散ったよ!」
「うっせぇぇぇ、テメーがいきなり抱え上げっからだろ! さっさと拭いてさっさと風呂に入れ! こいつもちゃんと暖めてやれよ」
そう言って自分の手の中の猫を撫でる。
「だから俺は後からでいーって。家主より先に入るなんて礼儀知らずじゃねーし」
「家主がいいっつってんだろうが」
「もー、めんどくせーおにーさんだなぁ」
男はその場に上着を脱ぎ棄てて、ズボンから軽く水気を取ると土方に腕を回して廊下を進んだ。
「おい、こら、テメー!」
「風呂場どーこー?」
脇の下から腕を入れられて引っ張られ、前かがみについて行く。
「右だ右!」
男は土方を引っ張ったまま風呂場へ入って行った。
「ほら、背広脱いで」
どこから取ったのか男の手にはいつの間にかハンガーが握られていた。
猫をタイルの上に下ろし、背広を脱ぎ――、男に言われるがままズボンも手渡す。
男同士だし運動部に所属していた過去のある土方はそう裸になることに抵抗はない。さっさと服を脱ぎ棄て籠に放り投げて、腰にタオルだけ巻いて風呂の準備をする。
男は背広を受け取ると、風呂のドアを閉めてしまった。ぱふぱふと音がする。どうやら背広の水をタオルで吸っているようだ。
蛇口を全開にして浴槽に湯を注ぎ、とにかく猫を温めようと洗面器に湯を貯めて入れてみた。
猫は途端に大暴れし出した。
「お、おい、大人しくしろって」
「おにーさん、へたくそだねー」
笑いながら男が浴室に入ってくる。
全裸で、前すら隠していない。
「ちったー隠しやがれ!」
「いいじゃん男同士なんだから。それともなに? 恥ずかしいの? 俺の裸を見てきゃーとか思っちゃったの?」
「んなわけねーだろ。狭いんだから見苦しい物むき出しにしてんじゃねーっ」
「見苦しいって……お前にもついてるだろ。毎日見てるんじゃねーの? それとも、俺のと形が違うとか?」
ぴら、と土方のタオルを男は摘みあげた。
土方は途端に猫のように逆毛を立てて男の腹を蹴りつけた。
「ぼ、ぼーりょく反対……!」
「お前が悪いだろ!」
これがセクハラって奴か……?生まれて初めて女子社員の気持ちが判ったぜ……とかぶつぶついいながらも猫を洗おうと奮闘する。猫はやはり暴れていた。
「もういいから、猫は俺に任せて、おにーさんはシャワー浴びな」
男は土方から猫を奪った。
シャンプーを泡だてて洗ってやる。その手つきは妙に慣れていて、土方相手にあれだけ暴れていた猫が大人しくなすがままになっていた。
「ずいぶん慣れてるな」
「昔飼ってたんだよ。ほら、さっさとシャワー浴びる! んでもって風呂に入ってあったまる!」
感心して見ていた土方にシャワーヘッドを持たせ、蛇口をひねる。男の言うなりになるのは何となく癪だったが、大人しく頭からシャワーを浴びた。冷たくなっていた体に熱が戻って行く。
猫を洗い終わると、男は土方を浴槽に叩き込んだ。まだ半分もたまってなかったけど、座らせた肩にシャワーを掛けて冷えないようにする。
「…………お前は大丈夫なのかよ?」
思わずそうたずねてしまうぐらい、自分の事を二の次に、土方の世話ばかり焼いていた。
「俺は頑丈だっつったろ」
軽く体を流しただけで、男は猫を抱いて風呂から出て行ってしまった。
「おにーさん、パンツ貸してくんねー? ぶらぶらしてると落ち着かなくてさー。中古品でも文句言わないから」
「貸してたまるか気色わりー。そこのケースに新品入ってるから使え。服はクローゼットから適当に出していいから」
「さんきゅー。あ、おにーさん、ちゃんと肩まで入って百数えるまで出てきちゃ駄目だからな。上がってきても風呂に叩き込むからごまかさないように」
「お前は母ちゃんかよ」
「母ちゃんの気分だよ。お前子どもみたいに手ェ掛るぜ?」
文句を言おうと口を開くが、男はさっさと脱衣所から出て行ってしまった。
調子が狂う。
土方は自分のペースを持っている。仕事中なら無理やりにでも他人に会わせているが、いったんプライベートに入ってしまえば他人を巻き込んででも自分の歩調を守り続ける。なのに、あの男相手では歩調を乱されっぱなしだった。
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