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「あれ? どっかいくの土方クン。そんなカッコで」
緊張感のない声が背後からした。
「……………………銀」
「うん?」
「テメェ、まだ居たのか」
「ひどッ! 土方クン、昨日俺を拾ったばっかなのに、もう捨てるつもりかよ!」
「靴が無かったから、帰ったと思った」
「土方クンの靴と一緒に外に干してるよ。ぐっしゃぐしゃで使い物にならねーし」
「あ、」
そういえば、自分の靴も無くなっていた。気が付かなかっただなんて。
「飯出来てるから食おうぜ。マヨも準備してあるから」
「う、ん……」
キッチンに向かう銀に土方が付いて行く。
「あ、そうそう、これ」
差し出された紙にはへたくそな字で野菜の名前やら聞き覚えのない単語が並んでいた。
「今日の晩飯の材料と、猫飼うのに必要なモン書き出しといたから、帰りに買ってきてくれよ」
「……………晩飯、作ってくれんのか?」
「当たり前だろ?」
確実に、土方が帰ってくるまではいる。そう言うことだった。
銀がいないと思い込み、張り詰めていた神経がようやくたわみ始めた。
「け。いつまで居るつもりなんだよテメェは」
安心した途端に悪態が付いて出てしまった。もうこれは治らない性癖みたいなものだ。
「拾った動物は死ぬまで面倒見なさいってかーちゃんから教わらなかったのかぁ?」
「かーちゃんなんて生まれてこのカタ見たこともねーっての」
「え」
「ん?」
銀は後頭を掻きながら、バツの悪そうに視線をそらした。
「その、わりーな。変な冗談言っちまって」
「は?」
何のことやら思い至らなかったが、かーちゃん云々だと気がついて土方は「あぁ」と呟いた。
「別になんてこたーねぇ。十やそこらのガキじゃあるまいし、この年で母親だのなんだの寂しがるわきゃねーだろ。生まれてこの方ずっと孤児だしな」
「そうか……」
ぽん、と銀の掌が土方の頭に乗った。
「俺と同じなんだなーお前」
鼻が触れ合いそうな距離にまで近づいて、銀はにぃ、と笑う。
しばし言葉が出なかった。銀はすぐに離れて、トースターのタイマーを回した。
「ほら座れって。飯食うまでは会社に行かせねぇからな」
「あぁ……」
同じということは銀も孤児なのだろう。聞きたかったが完全にタイミングを逃してしまった。
いや、それよりも、銀がどこに住んでどんな仕事をしているのか聞く方が先だ。
突然いなくなられる前に連絡手段だけでも――。
立て続けに考えてから、何をこんなに必死になっているのかと自問する。
土方は男にも女にも好まれる整った外見をしていたけど、酷く人見知りだった。
友人といえば沖田と近藤だけという弾幕の薄さだ。
その上、近藤は自分の意思で土方とのつながりを持ってくれたが、沖田に至っては自ら土方とのつながりを断ち切ろうとしている。腐れ縁で結ばれた、友情とはほど遠い意味での友達でしかない。
それでも満足していた。多くはいらないと思っていた。
なのにこの男とは自分から繋がろうとしているのが不思議でならない。
朝食に出されたカボチャスープを一口すする。
酒が残った脳に染みて行く優しい味だった。
(餌付けされちまったかな?)
でかい犬を拾って帰ってきたつもりが、犬は自分のほうだったか。
笑顔でサラダを差し出してくる銀に土方もつられるように少しだけ笑顔になる。
不愉快ではなかった。
「トシ! いきなり飛び出して行くから心配してたんだぞ! 車も置いたままになってたし、雨の中歩いてったのか?風邪引いてないか?」
土方は出社するなり社長室に足を運んでいた。
すでに出社していた近藤が心配顔で迎えてくれる。
「心配させてすまねぇな近藤さん……。大丈夫だ。昨日は会議中だってのにいきなり飛び出してわるかった」
「いや、いいさ。昨日はひときわ苛烈な舌戦だったしな……。頭に来るのもしかたない」
社長室のドアがノックされる。近藤が返事をすると、いかにもエリート然とした容姿の男が入ってきた。
「おや土方君」
見下すような口調で土方を呼んだ男の名は、伊東だった。
「会議をエスケープしておきながら、よくもまぁのこのこと近藤社長の前に出れたもんだね」
指の関節でメガネを押し上げながら言う。嫌味を体現したら目の前の男になるのじゃないかと思うほど、土方にとっては忌々しい存在だ。
「エスケープしたんじゃねぇ。頭冷やしに出ただけだ。血が下がるまでちぃとかかりすぎちまったがな」
「へぇ、マジで頭冷やしたみたいですねィ土方さん。昨日は言い負かされて死にそうな顔して尻尾巻いて逃げてったくせ」
伊東の後ろから、ひょっ、と悪友が顔を出した。
「総悟……」
びきき、と土方のこめかみに血管が浮いた。
「落ち込んでるとばっか思ってましたが、普段通りで何よりでさ。チッ」
「舌打ちしてんじゃねー!」
伊東は勤続年数こそさして長くなかったが、その手腕を近藤に認められて社内では重役である土方や総悟とほぼ変わらぬ扱いを受けていた。
この男と土方はたびたび意見が食い違っていたが、まだどこかで妥協案を見つけることが出来ていた。
しかし、今回の食い違いは決定的なものとなった。妥協案を探る道さえ無く真っ向から意見が割れた。しかも議題は今後の会社経営についてだ。どちらも意見を持ち、どちらも引けなかった。
総悟はたびたびさぼりもするが、無条件で会社のために心血を注ぐことのできる設立者の一人だ。会社についての考えは彼と土方はほとんど同じだ。土方は、総悟は自分についてきてくれると思っていたのだが、彼が支持したのは伊東の意見だった。
経営陣も重役も土方の意見ではなく伊東の意見に傾き始めている。
土方は会議の席でも孤立無援だった。
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