翌朝、土方は早朝ともいえる時間に起き出すと、スーツに着替えて鞄を抱えて、足音を立てない様にそっと部屋を出た。
 銀はソファの上でだらしなく足を投げ出していびきを立てて寝ている。

 まだ熱は下がっていなかったが、気分は軽くなっていた。
 山崎が書類を寄越さないなら、人の居ない時間に覗き見るだけだ。重要書類の金庫の開け方は知っている。必要なら伊東や総悟の引き出しまで探るつもりだった。

「ミィ」
「行ってくるな」

 ミィに挨拶をしてマンションを出ていった。







「ち、この程度しか手に入らねーか……」
 いろいろ探しては見たものの、土方が見つけられた書類は数枚程度の資料だ。
「ま、無いよりましか……」
 コピーを取って原本を元の場所に戻す。
 コピーした書類を鞄に突っ込んで、なんでこんなコソドロみたいな真似しなきゃなんねーんだと唇を噛んだ。
 作業がすべて終わったころ、出勤してくる社員の姿が 目に付き始める。


「おはようトシ!!」

 急に声をかけられて、土方は驚きに肩を揺らした。
「近藤さんかよ……。びっくりさせんじゃねーよ。あんた無駄に声でっかいんだから」
 声も体もでかいくせに、剣道を長い間続けていた近藤は気配が薄い。
「はは、すまんな。今日昼飯を一緒にくわねぇか?」
「わかった。俺の行きつけの店でいいか?」
「マヨ丼を出す店か」
「あぁ。この辺じゃあそこしかマヨ出してくれねぇからな」

 仕事時間はあまりにも短かく感じた。
 Joui関連の書類もまとめなければならなかったし、だからといって通常業務を怠ることもできない。
 休み時間に近藤と交わした約束が負担になる。しかし約束したからにはすっぽかすこともできず、土方は席から離れた。

 携帯で確認すると、近藤はすでに店にいた。

 土方も急いで向かうが、普段ならなんてことのない道がやけに遠く感じた。
 ぐにゃ、と地面が曲がる。
(やべぇ、熱上がってきたか……。クソ)

「遅かったなぁトシ」
「すまねぇ」

 カウンターに座っていた近藤の横に腰を下ろす。
「いつものを」
 土方が言うと、すぐにマヨネーズ丼が出てきた。

「トシ、お前もう少し食わんと。それだけじゃ取れる栄養はコレステロールぐらいのもんだ」
「コレステロールは栄養じゃねぇ。マヨ馬鹿にすんな。マヨには健康にいい酢が入ってるし、卵だって」
「油もてんこもりじゃねーか」

 近藤は定食、土方はマヨ丼だというのに、食べ終わるのは近藤の方が早かった。
「箸が進まねぇみたいだな」
「……朝食い過ぎて胸やけしちまってるんだ」
 もちろん嘘だ。食い過ぎどころか昨日からまともに食事を取っていない。

「お前を昼に誘ったのは、話をしたかったからなんだ、トシ」
「あぁ」
 そうだと思った。土方の箸が止まる。
「食いながら聞いてていいぞ」
「いや、もう入らねぇ。朝からマヨステーキってのはやっぱきつかった」
「そんなもん食ってんのか! 胃を壊しちまうぞマジで」
「いいから先を続けてくれ」

 いくら大好きなマヨとはいえども、油を胃に入れてしまったのでぐらぐらと視界が回ってきた。

「jouiの話だ。……大将は俺だってのに、お前と伊東さんにばかり押し付けて申し訳ないと思っている」
「いや、あんたは最後の決断を下さなきゃならねぇんだから、見ているだけでいいんだ」

 近藤は苦しそうに眉を寄せた。
「お前はいつもそうだな。俺を立てて、フォローに回って、貧乏くじばっかだ」
「それが俺の役目だ」


「最近、ずっと顔色が良くないぞ。今日だって真っ青だ。俺は馬鹿だから難しい事はわからん。だが、jouiと手を組むにしても、みすみす乗っ取られるような愚はおかさんよ。あんまり思いつめるな」
 トシは昔から心配症だからなぁ。
 近藤が笑う。

 土方にはその言葉がまるで、やってることすべてを否定されたように聞こえた。

 近藤は、ただ根を詰める土方を気にしているだけだった。他意などまるでない。普段の土方なら当然判ったはずなのに、駄目だった。
 
 土方の目が虚ろにぶれた。

 ゆっくりと瞼を閉じて、煙草を取り出す。
 火を付けてから、土方はふありと微笑んだ。

「そうだな。あんたがそんな失敗するわけないしな……。考え過ぎてたのかもしれねぇ」


 張り詰めていた糸が切れていた。
 会社を守ろうと張り巡らせた壁が崩れ落ちた。

 伊東に、総悟に、山崎に体当たりされようと、揺るぐことはあっても守り続けていたのに、近藤のたった一言で跡形もなく消え去ってしまった。



「ありがとう、近藤さん」
 その言葉は、土方が思う以上に柔らかく優しく、そして哀しく響いた。









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土方さんは本当に辛い時こそ素直な笑顔を見せてしまうイメージがあります……