一見すると正反対だと思える土方と銀時は、実は、趣味も好みも似通っていた。

 同じ飲食店を選び、
 同じ映画を見て、
 同じ娯楽を好む。

 土方は非番の日だろうと仕事に忙殺されるのが珍しくない。
 気ままに街をぶらつくなど稀有であるというのに、それでも行く先々で銀時と遭遇した。

 この日もそうだった。

 雰囲気のいい居酒屋に入って一人徳利を傾けていた。
 店の中は耳触りでない程度ににぎやかで、威勢のいい夫婦が切り盛りしている様子が土方の目を退屈させない。
 一人ではあったが楽しく呑んでいた。
 
「親父、熱燗よろしくぅ。それとー、串をお任せで10本ね」
 一つ離れた席に、見慣れたくもないのに見慣れてしまった銀髪が現れるまでは。

「おい、そこに座るんじゃねぇ。違う席に行けよ糖尿」

 椅子を引いた銀時に反射的にそう言ってしまい、しまった、と口を噤んだ。
 銀時は土方に気がついていなかった。相手が気が付かないうちに店を出ればよかった。
 気分よく呑んでいたというのに、喧嘩なんかしたらせっかくのほろ酔い気分が台無しになる。それに、銀時とのやりあいは多少のことでは収まらない。無駄に時間を費やしてしまうのもご免こうむりたかった。
 しかしすでに遅し。
「あぁん? まったテメェかよマヨラ」

 銀時が顔を歪めた。土方もすぐに戦闘態勢へ戻る。
「マヨラー区切んじゃねぇ。ゴジラとかモスラみたいな怪獣の名前に聞こえるだろうが。マヨは甘味やケチャップと違って奥行のある味覚なんだ。名称にも敬意を払ってろ馬鹿舌」
「甘党ってのは昔っから一般的に認知されている歴史のある嗜好なんですぅ。それに比べマヨなんか新参もはなはだしい。二足歩行さえままならない赤ん坊みたいなモンじゃねーか。敬意を払ってほしいのはこっちのほうだね。なにしろ大先輩なんだからぁ」
 銀時が椅子に座る、座ってしまったからにはてこでも動かないだろう。
 そして負けず嫌いの土方も今さら店を変えるわけにはいかなくなった。
 二人の間に聞こえないゴングが鳴り響いたのだった。


 戦いのリングが居酒屋だったのだから、必然的に呑み比べの勝負となった。

「親父、テッキーラ!!」だの「次は泡盛だ」だの声が飛び交い、周りの客たちが観客となり囃したて、二人は前後不覚になるまで飲みまくった。
 いつもは勝敗がつかないまま終わるのだが、今日は先に飲み始めていた土方が分が悪かった。



「おい、きょうは、俺の勝ちらな」
 銀時が机に突っ伏してしまった土方の頭を押さえながらそういう。
 いつもだったらいきり立って反論してくる土方が、大人しく押さえられるがままだった。
 いや、反論はしていたが「あ○×▽が★±ぁ」という感じで聞き取れない。
「銀さん、もう閉店の時間だよ」
「あぁ、わーってる。すまれぇな、長居ひちまって」
 女将に詫びながら銀時は腰を浮かせた。
 土方は突っ伏したままだ。
「ほら、帰るぞマヨネーズ」
 やっぱり「○×▽→↑★☆●」と答える土方を引っ張って立たせる。

 土方が前後不覚なのに付け込んで、土方の財布から自分の分の会計を済ませて店を出た。
 店を出た途端に土方は店の壁に体を預けて崩れ落ちようとした。
「おい、行くぞ、コラァ」
 そんな土方を抱きとめ、肩に腕を回させて歩きだす。
 土方の財布から金を払わせたのは、手持ちの金が少なかったせいではない。いや、それも一因ではあったけど。
 こんな状態では土方は屯所まで帰りつけないだろう。途中で攘夷派の連中に襲われてしまえば間違えなく殺される。安全な場所――屯所の門番の目が届くところまで送ってやる。その依頼料のつもりだった。
「は、はらせ、○×■らぐぁ」
「おーぐしクン、まともに歩けないんだから、俺に任せてなさいっれ」

「お、れ、の名前は、おーぐしじゃねぇ。何度いったら覚えやがる、鳥頭」
 文句を言うときだけはしゃんとするようだ。十分聞きとれる罵声を浴びせ掛けてきた。

「お、おまえ、こそ、俺の名前しらねぇらろ」
「しってるに、きまってんだろぅ、しんせんぐみ嘗めんな!!」
「んじゃ、いってみろよ」
「木村ひでよしだ!」
 は!? あまりに驚き過ぎて銀時の足が止まった。

 攘夷戦争に参加した自分が桂と繋がっているとして真選組にマークされていると知っていた。おそらく指示を出しているのはこの男だろうというのも判っていた。
 だからこそこうまで突っかかってくるのだと、銀時の脳内で三段論法が組み上がっていた。

「誰だそれぇ!? ひッと文字も合ってねぇよ!!」
「……まちがえた」
 いきり立つ銀時に、土方は素直に間違いを認めた。
 酔っ払っているから間違えたのだろう。銀時は続く言葉を待った。
「てめぇのらまえは、坂本辰馬だ! 間違いネェらろ!」
 友人の名前と間違えられて思わずよろけてしまった。土方が電柱にぶつかって罵詈雑言を浴びせてきた。

 酔っ払ってて舌さえ回ってないくせに、次から次に文句を並べる口を手のひらで塞いで、銀時は土方を睨みつけた。

「おまえ、マジで俺の名前しらねぇの?」
 土方は頭を振って銀時の手を振り払い声を荒げた。
「あぁん!? しってるっつってんだろーが! 高杉しんのすけだ!!」
 それも違う。しかも二重に間違っている。

 戦争に参加したことはあれど、今となっては銀時は一般人だ。それは真選組の連中も十分に判っている。そもそも、攘夷戦争が間違っていたと考える人間が少ないのだから、それは当然でもある。

 だけど土方だけはいつまでも銀時を敵視し続けた。
 世間的には「白」と思われる物を守り続ける組織、真選組。その組織の形を整えることに心血を注ぐ男だから、敵視されるのもしょうがないと思っていたのだが……、名前さえ知らないとあっては、考えを変えなければならない。


 ただ、純粋に、土方は銀時を嫌っているのだろう。


「おい万事屋……ひっく。……俺は今無敵だ」
「は?」
「俺は今、マリ夫さんがスターを手に入れた状態と同じ無敵な状態になっている」

 酔っ払いの言動はいつでも突拍子がない。が、こうまで外されると俄かに反応できない。

「うらぁ!!!」
 電柱にぶつかった体制のまま大人しくしていた土方が、全力で体当たりしてきた。
 弾き飛ばされた銀時がガードレールに腰をぶつける。
「ってぇ……! 何しやがる!!」

「スター取ったマリ夫さんがぶつかったら普通死ぬもんだが…………てめぇは死なねぇのか」
「死ぬわけねぇだろ!」
「んじゃこれならどうだ?」
 土方が容赦のない力で首をぎりぎりと締め付けてくる。首の形が砂時計になってしまいそうなぐらいの力だ。銀時は全力で振り払って一歩下がった。
「ちょっとォォォォ!! 何リアルに人殺し実践しようとしてんの!? お宅警察官でしょ!?」
「ち、仕留めそこなった、か」
「損なうもクソもねーだろォォォ!!!」
「目ざわりなんだよ、テメェは」

 言い放った土方に、銀時の何かが小さな音を上げた。その音に気が付かないふりをする。

「目障りなのはお互い様だ」
「俺は、テメェが、大嫌いだ」
 言い放たれた一言。
 俺も嫌いだ。そう答えるつもりだったのに口が凍ってしまう。

「ほら、とっとと真選組の屯所に行くぞ、酔っ払いが」
 一刻も早く送り届けてしまおう。
 銀時は土方の腕を引っ張った。
「……しんせんぐみ……?」

 銀時に引っ張られて、踏み出そうとした土方の足が止まる。


「戻りたく、ねぇ……」
「は?」
 言葉は間違いなく銀時の耳に届いたが、信じられない一言だったので聞き返してしまった。
「もどりたくねぇ…………」



 土方の瞳からぼろぼろと涙がこぼれだした。

「どうせ、あそこに帰っても総悟が俺を殺そうとしてくるし、俺の死を望んでる奴はほかにも居やがる。普通にしてる連中だって、俺が居ない方が羽を伸ばせる。俺は、居ない方が、いいって思ってやがる」


 日常的にストーカー行為に走る上司とサボるのが仕事のような部下に挟まれて土方はひとり激務をこなしている。そのストレスが溜まりに溜まっているのだろう。酔ってたがが外れた今、理性の壁が崩れてむき出しになった感情が溢れてくる。

「お前の死を望む奴がいるかぁ?」
 銀時が聞き返すと、土方は牙を剥くみたいに反論してきた。
「てめぇだって聞いたろうが! 花見の時、どさくさまぎれて俺に死ねって言った奴がいただろうが!」
 そういえば、そんなこともあった。
 花見の最中、喧嘩腰に向かい合った銀時と土方に多くの野次が飛んだ。ヤジの中に「死ねー副長―!」と声が混じっていた。
 銀時の意識は目の前のチンピラ警察官へ向かっていたのだけど、その声だけは耳に入ってきた。悪フザケといってしまえばそれだけだが、少々洒落にならないんじゃないかと思った。
 普通の職業なら構わない。だけど真選組は本当に死と向かい合わせに立っている組織だ。
 明日死んでもおかしくない日々の中に生きている。
 それなのに、「死ね」とは。

 もしこれが攘夷戦争ただなかに立つ、白夜叉の自分に向けられたものであれば、銀時はその男を是が非でも探し出して始末していただろう。後に立つ者の中に自分の死を望むものがいる。酒の席の勢いとは言えおいそれと放置できない。
 いや、自我という蓋の飛ぶ酒の席だからこそ許せないのかもしれない。


 銀時は眉根を寄せて、涙をこぼし続ける土方を見ていた。
「おれは」
 土方が背中を壁に預けてずるずると地面に崩れていく。

「お前が、大嫌いだ…………」

 それが、意識を失う前の言葉だった。








次へ戻る