翌日、土方は自分がどこで目を覚ましたのか判らなかった。
 見覚えのない和室の天井が視界に広がって、布団から飛び起きる。
 外から差し込む光はまだ弱弱しかった。枕もとの時計を確認すると六時を指している。とりあえず安堵して周囲に視線をやり――――硬直した。

 並んで敷かれた布団に、銀時が間抜け面を曝していびきをかいていた。
 こいつが寝ているということは、ここは万事屋なのだろう。

「な、な、な、な」
 何で、俺はこんな所にいるんだ?
 慌てて昨日を思い返す。

 確か、銀時と呑み比べをした。店を出た記憶が全くない。酔いつぶれてしまった自分を銀時がこの万事屋に運びこんだというところか。
 土方は小さく舌打ちをした。どうせなら屯所に運び込んでくれればよかったのに。寄り道するのが面倒だったとか、そういう理由なのだろう。
 着ている服はいつもの着流しだ。そのまま布団に入ってしまったので皺がよってしまっていたが、帯を結びなおして髪を手ぐしで整え万事屋を出た。

「うっぷ」
 こみ上げてくる吐き気をどうにか抑える。二日酔いを押さえるドリンクでも買って行ったほうがいいようだ。
 屯所に戻る前にコンビニに寄って行こう。

 土方のいつも通りの一日が始まった。




 いつも通りの一日であるはずだった。
 攘夷派の動きもなくテロも起こらず、事件といえばケチなスリだけだった。

 一緒に巡回していた五番隊の隊士と共にスリを追う。すぐにスリを捕まえることに成功した。

「は、離せ、この――――!!」
 腕を掴んで離さない土方にスリが小瓶を投げつけた。ふたが外れ、土方を黄色の粉が襲う。

「なんだ、こりゃあ?」
 駆け寄ろうとした隊士を手のひらを向けることで止め、肩に、服にかかった黄色の粉を叩きながらスリに問う。
「それは天人から買った毒だ! 解毒方法を知りたかったら俺を解放――」
 土方はいきり立ったスリを抑え、自分の足元に降り積もった黄色の粉の中に鼻先を突っ込ませた。
「あぁ? 毒がなんだって? さっさと毒の名前吐かねぇとてめぇも一緒にお陀仏だぜ?」

 直接肺に吸い込んだスリの体が痙攣を始める。
「ぐぁ、ぐ……」

 どうやら即効性の毒だったようだ。
「土方副長……!!」今度こそ隊士が顔色を青くして駆け寄ろうとした。

「来るな!!」
 強く止められ、土方よりも年嵩の隊士は足を止めた。
「俺に何が起こっても近づくんじゃねぇ。解析班を呼んで来い。天人の毒だと言っていたから、道を封鎖して一般人を近づかせるな。注意を――――」
 被害を広げないように、立て続けに支持を出す土方の体が熱く、熱くなり――――――。

 意識まで焼き尽くされその場に崩れ落ちた。




 すぐに辺り一帯は真選組の手で立ち入り禁止にされた。

 黄色のロープを張り巡らせた中に、全身防備の服を着た解析班の連中が踏み込んでいく。掃除機に似た機械で毒を残らず吸い上げる。
 どんな毒か分からないので、周りは屯所に詰めていた全員ともいえる数十人もの隊士が取り囲み、異常に備える。一度、天人の薬を浴びた隊士が怪物と化し暴れまわったことがあったからだ。
 反応のない土方を抱え上げ、大抵の毒物に有効な消毒液を噴霧した。
「副長、目を覚ましてください、副長」
 防護服の隊士が抱きあげた土方の体を揺すった。山崎だ。彼は観察ではあるが、人手の必要な時は解析班の加勢もしていた。

「ん、ぁ……」
 土方が小さく反応する。良かった、生きている。
 顔色を蒼白にしてこちらを窺っている隊士、隊長、そして総悟と近藤に向い、「反応があります!」と伝える。

「ち、しぶといお人でさァ」
 今度こそ副長になれるかと思ったのに。そう総悟が呟く。
 いつも通りの軽口にも深い安堵が混じっていた。

「……ぅ、あ」
 ひく、と土方の体がひきつった。
「あ、ぁ――……」
「ふ、副長……!!!?」
「山崎ィ!」
 動揺する山崎を沖田の声が覚醒させた。
「さっさと土方さんを連れてこい! 病院にたたっこむ」
「は、はい!」
 毒の影響をこれ以上広げるわけにはいかない。張り巡らされたロープの中に足を踏み込もうとする自身をどうにか止め、総悟は山崎に指示を飛ばした。
 山崎は横抱きにした土方を担架に横たえようとした。が、土方の体から水蒸気が立ち上って、視界が遮られた。
「副長、副長――――!!」
 山崎も、周りの隊士も一斉に声を上げる。
 怪物になった隊士がこんな感じだった。
 水蒸気が出尽くした後、醜塊な、口と手足しかない肉の塊に変貌してしまった。
 その時の事が走馬灯みたいに脳裏を駆け巡る。
 剣を構える総悟、どうにか隊士の自我を取り戻そうと呼び掛ける土方、暴れる怪物、近藤の命令で象でも昏倒するぐらい麻酔が撃ち込まれるが効き目も表れなかった。「止まれ村中!! 娘が、待ってんだろうが――――」土方の声が頭で木霊する。とうとう隊士は自我を取り戻すことも、人に戻れることもなく処分された。家族には殉職したとだけ伝えられた。

 土方もあんなふうになってしまうのだろうか。

「トシ!!」「土方さん!」
 近藤と総悟がとうとうロープを越えて駆け寄ってきた。

 土方の体は山崎の腕の中で小さくなっていった。


「副長――――――!!!」




 水蒸気が収まる。

「………………う、ぁ……」

 腕の中に居た、「土方だったはず」の生き物が目を覚ました。

「……やま、さき…………?」
 局長と総悟には何かのゲームの呪文のように「ザキ」と呼ばれ、万事屋には「ジミー」と呼ばれる。自分より立場が上なのに唯一名前で呼ぶのは土方だけだった。

「ひ、ひじかた、さん……???」

 山崎が引きつったように名前を呼ぶ。

「あぁ、状況を説明しろ……。薬は何の薬だった?」
 山崎の腕から降りる。地面がやけに遠かった。
「ん?」
 思わず見上げた山崎が大きい。慌てて自分の掌を凝視した。

 いつもより二周りは小さな、子供の、掌がそこにある。

「な、なんだ、こりゃ」
 ふわりと髪の毛が頬を撫でて、鬱陶しく感じて指先を通して違和感に気が付く。こまめに切りそろえている髪が長く襟足を覆っていた。ボブショートのような髪型だ。

「ひ、土方、さん??」
「トシ? え? トシ???」
「ふ、副長〜〜〜〜〜〜〜!!!???」

 周りを囲んだ男達が一斉に驚きの声を上げた。

 土方は変貌していた。
 歳の頃なら十歳前後。
 切れあがった眼尻は面影を残しているが日頃の三白眼がなりを顰め、瞼にこども特有のやわらかな曲線を描いている。唇は赤く、頬はほんのり桃色でうっかりすると手を伸ばしてしまいそうないかんともしがたい魅力を持っていた。
 髪を伸ばしている途中なのだろう。ふんわりと頬を覆う髪型は、男だと言われなければ少女にしかみえない。それもとびきりの美少女だ。

「山崎、俺がどうなってんのか説明しろ」
「絶世の美少女になっています!!」
 答えるやいなや思いっきり股間に蹴りをいれられて山崎がその場に撃沈する。

「近藤さん」
 まともな答えをくれそうな唯一の男を呼ぶ。
「……こ、子供に戻っちまってるぞ。髪を伸ばしたてってぐらいだから、多分10歳か9歳かって所だろう」


 ぴきん、と土方の体が凍った。

「うわあ、こいつの体も小さくなっちまったぞ!」
 解析班の隊士が声を上げる。ゆっくり振り返った先には、鼻水を垂らした悪ガキがいて――――。





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