スリが持っていた毒の成分を調べてみると、地球に持ち込み禁止のために珍しいものではあったが、さして危険ではないものだと判明した。効き目も五日程度と長くはない。
 スリの男は大量に吸い込み過ぎたため中身まで子ども化していたが、土方は外見だけで済んでいた。

「うわぁ……、土方さんって、美少女だったんすねぇ〜〜〜」

 外周りに出ていて、騒ぎを知らなかった隊士達が珍しげに副長室を覗いては、胡坐をかいて眉間に皺を寄せている少女――もとい少年にそんな言葉を浴びせる。
 こんな姿になっているというのに、土方は副長室で仕事をしていた。中身が同じだから書類整理は不便がなかったからだ。
「いい加減にしろ! テメェら仕事中だろうがさっさと持ち場に戻れェェ! つか誰が女だァァァ!!!」
 開けた窓からふすまから覗く隊士が飽和状態に膨れ上がり、土方がとうとう怒りを炸裂させる。が、いつもだったら蜘蛛の子を散らすように逃げて行く隊士達が顔色一つ変えていない。子供の姿なのだから土方の雷も威力が八割減だ。

「そんな髪型してるからしょうがありませんよ」
 六番隊の隊士が笑う。昔は髷を結うために男の子も髪の毛を伸ばしていたが、今は廃れた風習だ。髪を伸ばす男子もとんと見なくなった。田舎でならともかく、今の江戸では女の子に間違われてもしょうがないのだろう。
「良かったら俺が散髪しましょうか? 弟の髪切ってやってるから慣れてますんで」
 入口から覗いていた三番隊の隊士がそう手を挙げる。
「……あぁ、そうだな……、頼む」
 結ぶことさえできない中途半端な長さの髪が邪魔だった。どうせ五日で戻ってしまうのだから床屋にいくのは面倒だ。好意に甘えて頷く。
 周りの男達が「えー、似合ってるのに勿体ない!」だの騒ぎ出したがまるで無視をする。それどころか坊主にしてやろうか、と物騒なことを思う。
 三番隊の隊士はすぐにハサミや新聞紙を手に戻ってきた。

 
「土方さん、ここに座ってください」
 部屋の真ん中に新聞紙を拡げて準備をして、隊士が手招く。
 土方は腰を浮かせたものの、机の前に立ったまま動けなかった。

「土方さん?」

 隊士が怪訝に問いかける。

 土方は男の手にある鋏に目を釘付ていた。

 『死ね』

 花見の時に聞いた声が耳の奥に蘇る。
(馬鹿なことを考えているな)

 あんなもん、酒の席での勢いだ。冗談だ。
(だいたい、こんな隊士たちの面前で俺に害なそうとする馬鹿がどこにいる)
 そう打ち消すが、悪い方へと予測を立てるのは職業柄の習性でもあった。


「土方、さん?」
 男が鋏を胸の辺りに上げた。小首を傾げるついでの動作で腕が動いたに過ぎない。なのに、土方は小さく体を震わせた。誰にも気が付かれない程度ではあったが。

「や――――やっぱり、いい。仕事に戻れ」

「え? でも」

 隊士が食い下がろうとしたが、
「こらぁ!! お前ら、さっさと持ち場に戻らんかぁ!! トシは見世物じゃねぇぞ!」
「ひぃぃ!」「すんませーん!」
 張りのあるバリトンの声が隊士達を一掃した。近藤だ。

「あ! まーたお前は仕事なんかしちゃってェ! お父さん、安静にしてなきゃダメっていったでしょ!? 後遺症はないにしても副作用が出るかもしれないってのに!」
 土方は珍しくも近藤の声に反応しなかった。
 座布団の脇に置いていた愛刀を横に構え、鞘からゆっくりと抜く。
 天に向い掲げると、剣の重さに腕が下がった。
「トシ!」
 咎める声色の近藤を無視して剣を振る。
 振った勢いに引っ張られて構えが崩れた。
「――――――――――!」
 まるで、戦えない。

 今更に気がついて、土方の顔色が真っ青になった。



「それはオモチャじゃありませんから離しなさい。大人しくしてなさいって」

「こんどうさん」


 土方がようやく瞳に近藤を映した。
「俺、子供か?」
「子供だ」
 簡潔な問いかけに簡潔に答えが返る。

 土方は刀を鞘に戻した。淀みなく出来るはずの、体に何千回と叩きこんできた動作であるはずなのに、体がぎこちなくこわばる。刀が酷く巨大に感じる。


「――――話が、ある」

 土方が体を固くして切り出した。
 近藤は頷いた。


 土方の有給は溜まりに溜まっているがこの部下は有給を消化しようともしない。最終的には書面上だけ有給扱いにして出勤することだって珍しくない。というか、真選組に所属してから今まで、「土方の有給=出勤」の数式が出来上がっていた
 近藤はこの機会に堪り堪った有給を使い、ゆっくりと休ませるつもりでいた。なのに土方は目を離した途端に書類整理に励んでいた。
 上司としての権限を乱用してでも土方に休暇を取らせよう。そう心を決めつつ土方と向かいあった。
 近藤は言葉より行動タイプだ。いつも土方に言い負かされる。
 どんなに嫌がっても今回こそは休んでもらうぞ。と目に力を入れていたのだが
「その……、すまねぇが、休みをもらっていいか?」
 本当に恐縮した様子で土方がそう切り出してきた。近藤がいい意味で出鼻を挫かれる。
「おぉ! お前からそう言いだしてくれるなんて願ったり叶ったりだ! 俺ゃはなからそのつもり居たから、どう説き伏せようか悩んでたのが杞憂に終わって良かったぞォ。せっかくの機会なんだ、五日間ゆっくり休んでくれ」
 無邪気に喜ぶ近藤に、土方も笑顔を向けた。
「あぁ……、ありがとう、近藤さん……」
 事件が起こってすぐに一般人を立ち入り禁止にしてかん口令を敷いてはいるが、現場はビルの立ち並ぶ歓楽街だった。どこかの窓に攘夷志士が潜んでいたとしてもまるで不思議はない。真選組副長が子どもになってしまったとの情報は四方に漏れてしまっているだろう。
 せっかく休みを取らせてやれるが、子供化した土方をそうそう出歩かせるわけにはいかない。土方は屯所内に自室を持っているし、彼の趣味の中にはDVD鑑賞や読書が含まれている。屯所で休むのだと決めつけていた。

 しかし土方との会話を終えた近藤は、土方を他人――――それも、攘夷志士との繋がりさえ目される男、坂田銀時に預けるのが最善なのだという結論に達していた。
 そう思い込むように土方が誘導した結果だった。
 近藤は真選組という巨大な組織を任されている男だ。おいそれと口車に乗ったりはしないが相手が長年信頼を置いてきた土方とあれば話は別だ。誘導された結果とも気が付かず近藤は納得し、総悟を説き伏せた。
 総悟は自分より十も二十も年上の隊士を預かる身となりながらも、聞かん坊な一面を残している。
 土方が直接総悟に「万事屋に行く」などといえば、頭から反対しただろう。だが近藤が説き伏せるとなれば納得しないわけにはいかない。しかも近藤は、誘導されて出した「万事屋へ行く」という答えを自らの考えと思いこんでいるのだから尚更だ。

 三人はその日の夕方には万事屋を訪れていた。





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